富裕層ほど所得税の負担率が低くなる「1億円の壁」。かねてから税制の不公平を象徴する現象として注目されてきました。
この構造を是正するため、財務省は2025年度以降の税制改正に向けて、ミニマム課税の見直し議論に着手しました。背景には、所得再分配機能の回復と同時に、ガソリン税廃止に伴う財源確保という現実的な課題もあります。
「1億円の壁」とは何か
「1億円の壁」とは、所得が1億円を超えるあたりから、所得税の負担率がむしろ下がっていく現象を指します。
国税庁の2023年データによれば、所得5,000万円~1億円の層の負担率は25.9%でピークを迎えますが、その後は低下。100億円超の所得者では16.2%と、1,500万~2,000万円の層(17.2%)よりも低い水準です。
原因は、所得構成の違いにあります。
中間層は給与所得が中心で、累進課税の対象となるため税率が高くなります。
一方、富裕層は株式譲渡益や配当など金融所得の割合が高く、これらは一律15%の分離課税。結果として、所得が上がるほど税負担率が下がるという「逆累進」現象が起きています。
ミニマム課税の仕組み
ミニマム課税は、2025年から適用が始まった新たな仕組みです。
事業所得や金融所得などを合算した「合計所得金額」から3.3億円を控除し、残額に22.5%の税率をかけます。
この計算による税額が通常の所得税額を上回る場合に、その差額を追加徴収する仕組みになっています。
現行制度では、対象となるのは合計所得金額が30億円前後を超える層とされており、導入当初の推計では全国で約300人程度にすぎません。
実際の適用状況が明らかになるのは2026年以降の予定です。
改正の方向性 ― 対象拡大へ
財務省が検討しているのは、この「対象ライン」を引き下げることです。
現行の「30億円超」から「20億円」または「10億円」へと下げる案が有力とされます。
これにより、極端に高い所得を得る層の課税逃れを防ぎ、より多くの富裕層を制度の対象に含める狙いがあります。
ただし、制度改正による増収は限定的です。
ミニマム課税の税収は現行で年間約500億円前後と見込まれており、仮に対象を拡大しても、増収効果は数千億円にとどまるとみられます。
ガソリン税廃止と財源問題
見直しの背景には、ガソリン税の旧暫定税率廃止による減収問題があります。
与野党6党は10月末、ガソリン税の旧暫定税率を2025年12月31日に、軽油分を2026年4月1日にそれぞれ廃止することで合意しました。
この減収額は国と地方を合わせて年間1.5兆円に達する見通しです。
合意文書には「極めて高い所得の負担の見直し」と明記され、ミニマム課税の改正が財源の一部として想定されています。
ただし、ミニマム課税だけでこの規模の財源を賄うことは難しく、企業向けの政策減税(研究開発税制や賃上げ促進税制など)の見直しも並行して検討される見込みです。
投資促進とのバランス
政府は「貯蓄から投資へ」を掲げ、家計金融資産の活用を促す政策を進めてきました。
そのため、金融所得課税の引き上げは投資意欲を冷やすとの懸念から見送られました。
今回の議論も、富裕層への課税強化と投資促進のバランスをどのように取るかが最大の焦点になります。
結論
「1億円の壁」の是正は、税制の公平性を回復するうえで避けて通れない課題です。
しかし、ミニマム課税の対象拡大だけで十分な財源を確保するのは困難であり、抜本的な税体系の再構築が求められます。
所得再分配機能を高めつつ、成長と投資を両立させる。今後の税制改正は、まさにそのバランスを問われる局面にあります。
出典
出典:日本経済新聞(2025年11月5日朝刊)「『1億円の壁』是正案 富裕層ほど所得税負担率低下」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

