高齢者「3割負担」見直しの実務的影響 ― 医療費控除・社会保険料負担の視点から

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厚生労働省が、高齢者の医療費における「3割負担」の対象拡大に向けた検討を再開しました。
所得の高い高齢者への負担増を通じて、医療費の公平性を高めようとする動きですが、その裏では現役世代の社会保険料負担や税務上の控除にも影響が及ぶ可能性があります。
ここではFP・税理士の立場から、医療費控除や保険料負担への実務的なインパクトを整理しておきます。

1.「3割負担」拡大が意味するもの

後期高齢者医療制度の自己負担割合は、現在1~3割の3段階です。

  • 原則1割:所得が低い多くの高齢者
  • 2割:一定所得(課税所得28万円以上など)の世帯
  • 3割:現役並み所得(課税所得145万円以上など)の世帯

今回の議論は、この「3割負担」の対象を70~74歳にも拡大する案を含んでいます。
「所得のある高齢者がより多く負担する」方向性は一見妥当に見えますが、制度全体では複雑な波及効果が生じます。


2.医療費控除への影響

3割負担の拡大は、個人所得税の医療費控除に直結します。
高齢者世帯の場合、1割負担のときは自己負担額が少なく、年間の医療費が10万円を超えにくい傾向があります。
一方、3割負担になると自己負担額が3倍近く増加するため、医療費控除の対象となるケースが増えます。

例えば、年間医療費が100万円の場合を比較すると以下の通りです。

負担割合自己負担額控除対象となる可能性
1割負担約10万円控除対象ぎりぎり
2割負担約20万円控除対象の可能性大
3割負担約30万円控除対象確実

特に年金生活者で源泉徴収控除後の課税所得が少ない層では、医療費控除による税還付が一定の救済効果をもたらすことになります。
ただし、確定申告をしなければ還付は受けられないため、FP・税理士としては「自己負担が増えた世帯への申告支援」が求められる局面となるでしょう。


3.社会保険料負担の連動リスク

一方で、現役世代の側から見ると、この改革は社会保険料の増加要因にもなり得ます。
後期高齢者医療制度の仕組みでは、3割負担の人の給付費には国・自治体の公費が投入されず、現役世代の保険料(支援金)と高齢者の保険料でまかなわれます。
そのため、3割負担者が増えれば、結果的に現役世代の健康保険料率や介護保険料率の上昇圧力が高まります。

つまり「高齢者に負担を求める改革」が、構造上は現役世代の負担増を招く可能性もあるわけです。
とりわけ中小企業や個人事業主にとっては、社会保険料負担の上昇は実質的な「人件費増加」となり、給与設計・経営計画にも影響を与えかねません。


4.FP・税理士実務での留意点

今後、3割負担対象の拡大が進む場合、実務上の確認ポイントは次の通りです。

  • (1)確定申告支援
     医療費控除の対象者が増えるため、医療費集計フォーム・領収書確認のサポートを早めに整備。
  • (2)社会保険料負担の見通し
     クライアント企業では、健康保険料率の上昇を見越した給与総額管理が必要。社会保険料控除後の手取り変化も提示。
  • (3)高齢者の負担感への配慮
     FPとしては、自己負担増によるキャッシュフロー変動を考慮し、医療費・介護費を含めた老後生活設計を再シミュレーション。
  • (4)事業主負担の波及
     社会保険料の事業主負担分も上昇する可能性があるため、法人クライアントには早期の費用試算を提案。

このように、単なる「医療制度改正」としてではなく、所得税・社会保険・ライフプラン全体にまたがる制度連動として捉えることが重要です。


結論

「3割負担」拡大の議論は、高齢者の公平性向上という表向きのテーマの裏で、現役世代・企業・税務実務に多面的な影響を及ぼします。
所得のある高齢者には応分の負担を求めつつも、制度全体としては現役世代の社会保険料増加リスクをどう抑えるかが焦点です。
FP・税理士としては、こうした制度変更を「医療費控除」「社会保険料」「老後資金設計」という3つの軸で連動的に分析し、顧客・顧問先に具体的なシミュレーションを提示する力が求められます。


出典

  • 日本経済新聞「高齢者『3割負担』検討再開 厚労省、医療費対象拡大巡り」(2025年10月30日)
  • 厚生労働省「社会保障審議会 医療保険部会」資料
  • 健康保険組合連合会「医療制度改革に関する提言」(2025年9月)
  • 国税庁「医療費控除のあらまし」(令和6年版)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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