れまで2回にわたって、「給付付き税額控除とは何か」「どのような課題があるのか」を解説してきました。
最終回の今回は、近年しばしば比較される「ベーシックインカム(BI)」との違い、そして今後の展望を考えます。
◆ 「すべての人に一定額を支給」 vs 「働く世代を支える仕組み」
ベーシックインカムは、すべての国民に無条件で一定額を支給する制度です。
一方の給付付き税額控除は、所得に応じて減税や給付を行う仕組みであり、
「低~中所得層に焦点を当てた“条件付き”支援」といえます。
つまり、
- ベーシックインカム:全員一律・シンプルだが財源が巨大
- 給付付き税額控除:的を絞った支援で財政的に現実的
という違いがあります。
両者の理念は似ていますが、現実的な導入可能性でいえば、給付付き税額控除は“実現しやすい再分配”なのです。
◆ 海外ではすでに“日本の一歩先”を進む国も
実は、給付付き税額控除に近い制度は海外ではすでに定着しています。
- 米国:EITC(Earned Income Tax Credit)
所得に応じて税額控除と給付を組み合わせた制度。低所得の勤労世帯を対象に、数十万円単位の給付が受けられる。 - 英国:WTC(Working Tax Credit)/UC(Universal Credit)
一定の就労を条件に、所得に応じて支援額を決定。子どもがいる世帯への手厚い加算も特徴。 - フランス:Prime d’activité(活動手当)
18歳以上の勤労者を対象に、月単位で支給。働きながら生活を支える目的が明確。
いずれも「働く意欲を損なわずに、生活の安定を支える」ことを重視しています。
つまり、“働くことを前提にした再分配”が世界的な潮流です。
◆ 日本型モデルの方向性 ― 「共助」と「自立」のバランス
日本が導入を検討する給付付き税額控除も、この「働く世代の支援」を軸にしています。
特徴的なのは、単なる所得補填ではなく、社会保険料との関係を踏まえた共助型の仕組みにしようとしている点です。
日本社会は「助け合い」と「自立」を両立させる文化を重んじます。
したがって、完全なベーシックインカムのように“無条件給付”ではなく、
「働いている人を中心に」「生活に必要な支援を行う」という方向が現実的です。
これは、いわば「日本型再分配モデル」の構築に向けた第一歩です。
◆ 将来的な展望 ― 税と社会保障の“融合”へ
給付付き税額控除が本格的に導入されれば、次のような変化が想定されます。
- 所得税・住民税・社会保険料の一体的な再設計
- 年金・医療・介護といった給付体系の見直し
- マイナンバーを活用した「世帯単位課税」への布石
- 行政の効率化と、所得捕捉の高度化(デジタル化)
つまり、単なる「減税」ではなく、税と社会保障の融合改革に発展していく可能性が高いのです。
これは日本社会にとって、戦後以来の大きな制度転換になるかもしれません。
◆ FP・税理士が果たす役割 ― 制度を“翻訳”する存在に
こうした再分配改革の時代には、FPや税理士が「制度の翻訳者」としての役割を果たすことが求められます。
制度が複雑になるほど、「結局、うちはどうなるの?」という声が増えます。
- 給付対象に入るかどうか
- 家計への影響はどの程度か
- ライフプラン設計をどう修正すべきか
こうした疑問に、専門家が中立的な立場で答えることが、生活者の安心につながります。
給付付き税額控除は、“数字の話”を“生活の話”に変える力を専門家がどう発揮できるか、という挑戦でもあります。
◆ おわりに ― 給付付き税額控除がつくる「安心して働ける社会」
給付付き税額控除は、単に「お金を配る制度」ではなく、
「働く人が報われる社会」への再設計です。
少子高齢化、賃上げ格差、社会保険料の重圧――。
さまざまな課題のなかで、制度をどう設計するかは、政治だけでなく、私たち一人ひとりの問題でもあります。
いま問われているのは、
「誰を助け、どんな社会を築くのか」
給付付き税額控除の議論は、その答えを探すための、静かで深い“社会改革”の始まりなのです。
出典・参考:
日本経済新聞(2025年10月21日付)「給付付き控除、恩恵は誰に」
OECD統計、米国IRS「Earned Income Tax Credit」制度資料
英国GOV.UK「Universal Credit」制度概要
フランス政府「Prime d’activité」制度説明
日本総合研究所・翁百合/一橋大学・小塩隆士 各研究より
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

