■成功者が生まれた瞬間、制度の課題が露呈する
出向起業は、企業の信頼を背に社員が外に出て挑戦できる仕組みとして注目されています。
東レの「MOONRAKERS」、富士通の「BLUABLE」、ドコモのファッション系新会社など、
成功事例も増えてきました。
しかし、制度が広がるほど浮かび上がってきたのが、
「成功した人とそうでない人の間に生まれる“公平性のゆがみ”」です。
たとえば――
- 出向起業した社員が、短期間で企業価値10億円のベンチャーを築いた
- 同期は出世競争を続けて年収1000万円前後
- 成功者は株式評価益で数億円を得る可能性も
これが“嫉妬”や“違和感”を生む。
人事部門が最も頭を抱えるのは、この「成功の報いをどう設計するか」なのです。
■「平等主義の壁」を破るか、「公平な挑戦機会」を守るか
日本企業の人事文化は、長く「平等主義」が基本でした。
同じ年次、同じ評価基準、同じ昇給幅。
それは安心感をもたらす一方で、挑戦者のインセンティブを弱めてきたのも事実です。
出向起業は、まさにその構造を変えようとしています。
「社内にいながらリスクを取り、成果を自らつかみにいく」
この挑戦には、当然リターンが伴うべきです。
それを“特別扱い”と見るのか、“正当な評価”と捉えるのか――
企業文化の成熟度が試されています。
■企業が直面する3つの報酬設計ジレンマ
① 成功報酬の分岐点:給与か株式か
出向起業家の報酬には大きく2つの形があります。
| 方式 | 内容 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| 給与連動型 | 出向元の給与+新会社報酬 | 安定・社会保険継続 | 成功時に上限が低い |
| 株式報酬型 | 新会社の株式を保有・ストックオプション | 成功時のリターン大 | 不公平感・課税リスク |
給与型は公平だが夢がない。
株式型は夢があるが、社内の平等を壊す。
この“二律背反”をどう解くかが、企業設計の最大の壁です。
② 失敗時のリスク分担:戻れるが報われない
出向起業では、失敗しても出向元に戻れる安心感があります。
これは挑戦を後押しする半面、
「リスクゼロで挑戦して高報酬を得るのは不公平」
という声にもつながります。
逆に、失敗しても個人の責任が重くなりすぎると、
誰も挑戦しなくなる。
リスクとリターンのバランス設計が欠かせません。
③ 成功後のキャリア処遇:戻すか、任せるか
成功した出向起業家を「再び社内に戻す」か、「独立させる」かも難題です。
- 戻せば社内の序列が壊れる
- 独立させれば人材流出と見られる
- 中間形としてグループ会社化も選択肢
要は、“帰る場所”と“卒業後の関係”を制度として整える必要があります。
■FP・税理士の視点:報酬設計の“透明性”が信頼を生む
出向起業における公平性の鍵は、お金の透明性にあります。
具体的には――
- 株式・ストックオプションの税務処理(譲渡所得/給与課税の線引き)
- 出向元からの給与と出向先報酬の源泉徴収ルール
- 成功時のキャピタルゲイン課税と社会保険料への影響
- 失敗時の損失控除(雑損控除・事業廃止損の扱い)
こうしたルールを曖昧にしたまま制度を運用すると、
「得した」「損した」という感情が制度への不信を生むのです。
FP・税理士が果たす役割は、
“挑戦者が不安なく飛び込める制度を設計する”こと。
報酬だけでなく、税金・保険・将来年金までを見通したトータル設計が求められています。
■報酬格差を「成長格差」に転換できるか
報酬格差そのものは悪ではありません。
むしろ、それを「学び」「成長」の格差に変えられるかが問われています。
たとえば――
- 成功者は社内のメンターや投資教育に関わる
- 出向起業経験者が次世代起業家を育てる
- 成功事例を社内共有し、制度を改善
企業全体で“挑戦が報われる文化”をつくることで、
格差が嫉妬ではなく刺激になるのです。
■まとめ:「フェアネス」と「チャンス」の両立を
出向起業はまだ制度として発展途上。
しかし、この試みが成功すれば――
日本企業が長く抱えてきた“平等主義の限界”を超え、
「挑戦する人が報われる社会」へ一歩近づきます。
報酬の設計とは、
単にお金を分けることではなく、価値観を共有すること。
そして、その価値観を支えるのが、
数字を読み解き、制度を設計し、人を支える専門家――
つまり、FPや税理士の役割です。
出典:2025年10月6日 日本経済新聞 朝刊
「『出向起業』で事業創出 富士通・NTTドコモなど制度整備進む」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
