「給付付き税額控除」は、経済学者の74%が導入を望ましいと答えた再分配政策。
それは単なる税のテクニックではなく、「誰のための政治か」を問う制度設計でもあります。
日本経済新聞のコラム「『給付付き』これならできる」(2025年10月4日)は、この制度をめぐる政治の鈍さを痛烈に指摘しました。
本稿では、制度の本質を改めて整理しながら、いま政治が果たすべき役割を考えます。
1. 国家像なき政治の危うさ
今回の自民党総裁選は、「誰が次の首相にふさわしいか」という本来の問いに対し、国家像をめぐる論戦がまったく聞こえなかったと評されています。
政治家が語ったのは「人事」や「党の結束」ばかり。
中長期の社会ビジョンを語る候補がいなかったことに、多くの有権者が失望しました。
けれども、本来の政治とは、将来世代をどう支えるか、どんな国をつくるかを語る営みのはずです。
社会保障と税の一体改革(2012年)で時計を巻き戻せば、当時は「消費税率を上げてでも年金財源を安定させる」という国家構想が確かにありました。
それから13年。
今の社会保障は、稼ぎの少ない若者ほど重い負担を背負う“逆進構造”に変わっています。
この歪みを正す仕組みの一つこそ、給付付き税額控除なのです。
2. フリードマンの理念が教えるもの
給付付き税額控除の源流は、米経済学者ミルトン・フリードマンの「負の所得税」にあります。
フリードマンはしばしば「新自由主義の象徴」とされますが、実は単なる競争礼賛者ではありません。
彼がめざしたのは「競争の中で生まれる利益を、公平に再配分すること」。
つまり、政府の介入を最小限にとどめつつ、経済的に脆弱な層に中立的な形で支援を行う――それが負の所得税の発想です。
給付付き税額控除は、この思想を現代の社会保障制度に取り入れたもの。
「働く意欲を奪わずに、必要な人を確実に支援する」という点で、バラマキとも生活保護とも異なる第3の仕組みです。
3. 日本政治の“言い訳体質”
経済学者の多くが賛同する一方で、政治の動きは鈍い。
その理由として政府関係者からは、
- 所得や資産を正確に捕捉できない
- 生活保護など現行制度を簡単に整理できない
といった“できない理由”が並びます。
しかし、それこそが政治の怠慢です。
所得・資産の捕捉はすでにマイナンバー制度で可能なはず。
欧州諸国では「番号制度+給付付き税額控除」が当たり前です。
石破政権がマイナンバーの本格運用を先送りしてきたツケが、いま若い世代の負担としてのしかかっています。
「信頼がないから情報を出せない」のではなく、信頼を得る努力を怠ってきたことこそ問題なのです。
4. まずは“できること”から始めよう
では、現状の制度で何ができるのか。
制度・規制改革学会が提案するのは、「簡易版・給付付き税額控除」です。
仕組みのイメージ
- 対象:65歳以下の働く人
- 年収200万円まで → 所得の10%を現金給付
- 収入増に応じて給付を逓減、300万円で不支給
- 低所得層には収入比例で給付額を逓増(就労促進効果)
- 所得捕捉は「年末調整」または「確定申告」で対応
- 給付対象は「公金受取口座」登録者に限定
これなら行政負担も軽く、スピード感をもって導入できます。
政策コンサルタントの原英史氏(政策工房)はこう語ります。
「重要なのはまず制度をスタートさせること。同時に、マイナンバーによる所得・資産捕捉やデジタル歳入庁の創設を進めればよい」
完璧を期して動かないより、まず一歩を踏み出す。
それが政治に求められる「実行力」ではないでしょうか。
5. コロナ給付の教訓を忘れずに
コロナ禍初期、職を失った人への支援をどうするか。
安倍政権が右往左往した末に選んだのは、「全国民一律10万円」という苦肉の策でした。
あのとき政府が「誰に、どのくらい給付すべきか」を迅速に判断できなかったのは、所得情報の一元管理ができていなかったからです。
岸田首相がのちに語った「デジタル敗戦」という言葉は、まさにその象徴。
給付付き税額控除は、同じ過ちを繰り返さないための制度でもあります。
「必要な人に、必要な時に、必要な分だけ」届く社会保障――それがデジタル時代の福祉国家の形です。
6. 政治の覚悟が問われる
高市早苗新総裁は、この制度を公約に掲げた数少ない政治家の一人です。
もし本気で導入を進めるなら、自民党を「政策専門集団」に再生させる覚悟が必要です。
そして国民側にも問われます。
「給付=バラマキ」と決めつけず、フェアな支援の仕組みとしての再分配を理解し、議論に参加する姿勢です。
国家像を持たない政治は漂流します。
給付付き税額控除は、単なる経済政策ではなく、国家の理念を問い直す制度なのです。
おわりに
給付付き税額控除をめぐる議論は、いまようやく「経済学者の提案」から「政治の責任」へと移りつつあります。
完璧を待っていたら、再分配の仕組みはいつまでも動かない。
必要なのは「できることから始める」実行力です。
高市新総裁がこの制度をどう扱うか――それは単なる税制技術の問題ではなく、
「政治が誰のためにあるのか」を問う試金石になるでしょう。
(参考:日本経済新聞 2025年10月6日付「『給付付き』これならできる」/エコノミクスパネル調査)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

