自民党総裁選で高市早苗氏が新総裁に選ばれ、経済政策の軸として掲げたのは「官民の積極投資」と「賃上げの持続化」。
長引く物価高と実質賃金の低下が家計を圧迫するなか、高市政権がどのように“成長と分配”の好循環を描くのか注目が集まっている。
しかしその裏で、現場の中小企業からは「これ以上の賃上げは限界」との悲鳴も上がる。
政府が掲げる「最低賃金1500円」への道のりは、想像以上に険しい。
■ 史上最大の引き上げ ― 全都道府県で1,000円超に
2025年度の最低賃金は、全国加重平均で1,004円。
すべての都道府県で1,000円を突破し、過去最高の引き上げ幅となった。
物価上昇で生活が苦しくなる中、働き手の処遇改善は急務だ。
だが一方で、企業側の負担は重く、特に中小企業には“死活問題”となっている。
日本商工会議所などが実施した調査では、「最賃1500円」への対応を聞いたところ、「対応不可能」「困難」と答えた企業が約4割に上った。
「対応可能」「すでに対応済み」とする企業も同じく4割あり、対応力の二極化が進んでいる。
■ 中小企業を追い詰める「構造的な弱点」
最低賃金の引き上げは、企業規模によって受ける影響がまったく異なる。
付加価値に対する人件費の割合――いわゆる「労働分配率」は、大企業が約30%前後であるのに対し、中小企業では70~80%に達する。
人件費の重みが桁違いなのだ。
このため、賃金を1割上げるだけで利益が吹き飛ぶ企業も少なくない。
「賃上げの必要性は理解しているが、原資がない」
――これが多くの経営者の本音だ。
■ “価格転嫁できない”という最大の壁
最低賃金を上げても、それを商品価格に転嫁できなければ経営は持たない。
政府のアンケートでは、「賃上げ分をすべて製品価格などに転嫁できた」企業は5%未満。
一方で「まったく転嫁できていない」企業は3割超に上る。
大手企業の中には下請法改正を機に、価格転嫁に応じる動きが広がっているものの、中堅・地方の発注者では対応が遅れているケースも多い。
政府が掲げる「成長と分配の好循環」を実現するには、取引慣行の是正と価格交渉力の底上げが不可欠だ。
■ 賃上げ促進税制の“恩恵なき層”
賃上げを進める企業を支援するため、政府は「賃上げ促進税制」を設けている。
賃金上昇率に応じて税額控除が受けられる仕組みだ。
だが、この制度を実際に活用できるのは黒字企業のみ。
赤字が多い中小企業にとっては“絵に描いた餅”となっている。
「黒字でなければ控除が使えない。制度の恩恵はほとんど感じない」
――ある経営者はこう語る。
必要なのは、賃上げ余力を生み出すための生産性投資への直接支援だ。
IT導入補助金や業務効率化投資など、設備・人材・デジタル分野への“攻めの支援”への転換が求められている。
■ AI・自動化が鍵を握る「構造改革型の賃上げ」
PwCコンサルティングの伊藤篤氏は指摘する。
「日本はものづくりに加え、AIやデータ処理の技術力がある。
介護分野などでデータをAIに活かすことで、世界に通用するモデルをつくることができる」
賃上げを持続させるには、単に人件費を上げるだけでなく、生産性を底上げする“構造改革型の賃上げ”が不可欠だ。
自動化投資を進めれば、
受注機会が増え、結果的に従業員の所得も上がる。
「ピンチをチャンスに変える」意識改革こそが、中小企業が生き残る唯一の道だといえる。
■ 中間層の底上げと「給付付き税額控除」
賃上げが企業努力だけに依存すれば、格差は広がる。
第一生命経済研究所の星野卓也氏は、「中間層の所得向上が日本経済の鍵」と語る。
高市新総裁が導入に前向きとされる給付付き税額控除は、働く中間層を直接支援する制度として注目されている。
所得に応じて税金を軽減し、一定の給付を組み合わせる仕組みは、欧米でも「働く人への支援策」として定着している。
制度設計には時間がかかるが、中間層の底上げと消費の下支えに向けた重要な一歩となるだろう。
■ 「1500円」は通過点 ― 成長と分配の再構築へ
政府が掲げる「全国平均1500円」はゴールではなく、構造転換の通過点に過ぎない。
最低賃金を引き上げるだけでは、体力のある企業とそうでない企業の格差が拡大するだけだ。
必要なのは「賃上げを支えられる経済構造」だ。
高市政権が進める成長戦略の中で、
・AI・DXを活用した生産性改革
・価格転嫁を支える取引慣行の是正
・中間層を支える税制改革
これらを同時並行で動かせるかどうかが、日本経済の再起動を左右する。
■ 結び ― 賃上げを“国民的プロジェクト”に
「賃上げは大企業だけの話ではない。
中小企業、そして地域経済全体の再生につながるかが問われている」
高市政権が打ち出す「賃上げロードマップ」は、単なる給与アップ政策ではなく、“日本経済の体質改善プラン”としての重みを持つ。
最低賃金1500円――この数字の先にあるのは、一人ひとりの働き手が安心して暮らせる社会であり、企業が努力を報われる経済の再設計である。
物価高と構造変化の波を越えられるか。
その試金石が、いま始まっている。
出典
出典:2025年10月6日 日本経済新聞朝刊「新総裁、賃上げどう描く」
出典:2025年10月6日 日本経済新聞朝刊「最低賃金1500円の功罪 賃上げ環境の整備必要」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
