給付付き税額控除とは?導入を巡る議論と課題

政策

物価高や格差拡大が続く中、どのようにして所得再分配を実現し、必要な人に支援を届けるか。これは社会保障や税制をめぐる最大の課題の一つです。

最近、日本経済新聞社と日本経済研究センターが実施した「エコノミクスパネル」調査では、経済学者の74%が 「給付付き税額控除」の導入が望ましい と答えました。聞き慣れない制度かもしれませんが、暮らしに直結する重要なテーマです。

今回は、この制度の仕組みと導入を巡る議論、そして課題について整理してみます。


1. 給付付き税額控除とは?

給付付き税額控除(英語では Earned Income Tax Credit など)は、税の控除と現金給付を組み合わせた制度です。

通常、税額控除は「支払うべき所得税額から一定額を差し引く」仕組みですが、収入が少ない人はそもそも納税額が小さいため、控除の恩恵を十分に受けられません。

そこで給付付き税額控除では、控除額が納税額を上回る場合、その差額を給付金として受け取れるようにします。

例えば:

  • 年間の所得税額が5万円
  • 控除額が10万円
    → 納税額はゼロになり、さらに差額の5万円を給付として受け取れる

この仕組みにより、低所得層や課税最低限以下の人にも支援が届くのです。


2. 経済学者の74%が「導入すべき」と回答

調査に回答した経済学者46人のうち、22%が「強くそう思う」、52%が「そう思う」と答え、合計で74%が「導入が望ましい」と評価しました。

支持する理由は大きく2つです。

(1)所得再分配の効果が高い

従来の「消費税減税」や「所得控除の引き上げ」では、支援が広く薄くなりがちです。富裕層にも恩恵が及んでしまうため、必ずしも格差是正に直結しません。

一方で給付付き税額控除は、低所得層を的確に支援できる点が高く評価されています。

京都大学の長谷川誠准教授は「消費減税や所得控除の引き上げに比べ、より効果的な再分配を実現できる」とコメントしています。

(2)就労促進につながる可能性

米国の事例では、所得が増えるほど控除額が増える設計がとられ、働けば働くほど得になる仕組みになっています。

大阪大学の恩地一樹教授は「低所得の勤労者を支援し、労働参加を促す点で現代日本に有効」と強調しました。人手不足が深刻化するなかで、就労意欲を高める制度としての役割も期待されています。


3. 海外での導入事例

給付付き税額控除は日本独自のアイデアではなく、すでに多くの国で導入されています。

  • 米国:1975年に導入。現在では数千万人の低所得勤労者が恩恵を受けている。研究によれば、貧困率の引き下げに有意な効果を発揮。
  • カナダ:州ごとに制度が設けられ、特にブリティッシュコロンビア州では就労支援と再分配の柱となっている。
  • 欧州:イギリスやフランスでも類似制度が導入されているが、制度が複雑で利用率が低いという課題も指摘されている。

ブリティッシュコロンビア大の笠原博幸教授は「米国では貧困削減に明確な成果がある」と評価する一方、エコール・ポリテクニークの郡山幸雄教授は「欧州では制度の複雑さが障害となり、利用率が低迷している」と警鐘を鳴らしています。


4. 導入に向けた課題

メリットが大きい一方で、導入には解決すべき課題も山積しています。

(1)所得捕捉の精度

給付を行うには、勤労者の収入を正確かつタイムリーに把握する必要があります。
一橋大学の佐藤主光教授は「収入を捕捉するインフラ整備が欠かせない」と指摘。マイナンバー制度の活用が想定されますが、国民の理解と受容性が前提条件になります。

(2)行政体制の整備

給付と税額控除を一体的に実施する仕組みが必要です。東京大学の林正義教授は「国税だけでは難しく、地方自治体や源泉徴収義務者を巻き込む必要がある」と述べています。

(3)財源の確保

制度設計によっては財政負担が膨大になる可能性があります。東京大学の大橋弘教授は「綿密なシミュレーションが求められる」と警告しています。


5. 私たちの暮らしにどう関わるか

もし日本で給付付き税額控除が導入されれば、子育て世帯や低所得勤労者への支援が手厚くなると考えられます。

例えば、非正規雇用やパートタイムで働く世帯、年金生活者の中で就労収入が少しある人なども恩恵を受けられる可能性があります。

一方で、制度が複雑すぎれば「自分は対象なのか?どう申請するのか?」といった疑問が多くなり、利用率が伸びない恐れもあります。
「必要な人に確実に届く制度にできるか」が最大の焦点になるでしょう。


おわりに

エコノミクスパネル調査からは、給付付き税額控除に対する期待の大きさが浮き彫りになりました。

  • 所得再分配の実効性
  • 就労促進効果
    この2点を兼ね備える制度として、日本でも本格的な議論が始まろうとしています。

ただし、導入には所得捕捉の仕組みや行政体制の整備、財源問題など、越えなければならないハードルも少なくありません。

次回(第2回)は「物価高は続くのか?エコノミクスパネルにみる専門家の警戒感」と題して、物価上昇と金融政策を巡る議論を解説します。

(参考:日本経済新聞 2025年9月30日付「エコノミクスパネル」記事)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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