前回の記事では、金価格の急上昇を支える背景として「円安・インフレ」「地政学リスク」「ドル不信」を挙げました。そして2025年9月29日、その動きはついに歴史的な節目を迎えました。
田中貴金属工業が午前9時30分に発表した小売価格(税込み)は 1グラム2万18円。国内の金価格が初めて「2万円」の大台を突破した瞬間です。
この記事では、このニュースが意味することを生活者・投資家目線で整理し、「これからどう金と向き合うべきか」を考えます。
1. 史上初「2万円突破」の現場
東京・銀座の田中貴金属本店。平日の朝は通常なら静かなはずですが、この日は開店前から数十人の列ができていました。店頭のモニターに「小売価格:1グラム=20,018円」と表示されると、先頭に並んでいた女性客から思わず「もっと早く買っておけばよかった…」という声が漏れました。
この熱気は偶然ではありません。価格が高値を更新する局面では、通常は「売却して利益を確定する」動きが先行します。しかし今回は、売却よりも 「購入」への関心が高い のです。
2. 高値でも買われる理由
なぜ今、2万円という高値でも金が買われるのでしょうか?
(1) 円安・物価高の影響
為替市場では1ドル=149円前後で推移。輸入物価の高騰は生活コストに直結し、食料品やサービス料金の値上がりを招いています。「円の購買力が下がるなら、現金より金を持っていた方が安心」という心理が強まっています。
(2) 世界情勢の不安
ウクライナ侵攻は長期化し、中東では戦火が拡大。さらにイラン核合意の崩壊など、国際関係の不透明さは増す一方です。投資家だけでなく一般生活者にとっても「安全資産」としての金の存在感は高まっています。
(3) 中央銀行や機関投資家の買い
実は、新興国を中心とする中央銀行も積極的に金を買っています。ドル資産の偏重を避けたい思惑や、国際政治リスクへの備えが背景にあります。こうした大口需要は、個人投資家にも「金はまだ上がるかもしれない」という安心感を与えています。
3. 投資行動の変化 ― 「若年層」と「小口化」
今回の2万円突破を語る上で欠かせないのが、投資家層の広がりです。
- 若年層の参入
田中貴金属の新規口座開設者のうち、20〜30代が3割に迫っています。2023年は2割程度だったので、短期間で大きく伸びたことになります。 - 小口化の進展
数年前は100グラムの地金が主流でしたが、今では50グラムや20グラムが売れ筋。田中貴金属では50グラム以下の地金を増産するなど対応に追われています。
かつて「退職金で地金を買う高齢者」というイメージだった金投資が、今では「現役世代が貯金代わりに少しずつ持つ」スタイルに変化しているのです。
4. 「2万円突破」の意味合い
金価格が2万円を超えたこと自体に、どんな意味があるのでしょうか?
(1) 日本経済の変化を映す鏡
2万円という数字は、単なる節目ではありません。
- 円安が定着していること
- インフレが一時的ではなく長期化していること
- 日本人の資産形成が「現金中心」から「分散」へ移行しつつあること
これらを象徴する出来事だといえます。
(2) 過去の急騰との違い
リーマン・ショックやコロナ禍の時も金価格は上昇しましたが、いずれも「特定の大事件」に端を発していました。今回はそうではありません。マーケット・ストラテジィ・インスティチュートの亀井幸一郎氏が指摘するように、「複合的要因が持続的に価格を押し上げている」という点で異なります。
5. 今後の見通し ― 「通過点」にすぎない?
多くのアナリストは今回の2万円突破を「到達点ではなく通過点」とみています。
マーケットアナリストの豊島逸夫氏は「中央銀行から個人まで幅広い投資家が金を買っており、国際市場では1トロイオンス=4000ドルが視野に入った」と話します。
つまり、短期的な利益確定ではなく、長期的に金を保有し続けようとする層が多いため、上昇基調はまだ続く可能性があるのです。
6. 生活者への示唆
金の高騰は投資家だけの話題ではありません。生活者にとっても次のような意味を持ちます。
- 現金だけに頼るリスク
物価が上がれば現金の価値は目減りします。分散投資の一部として金を持つことは、生活防衛の一環になり得ます。 - 小口から始められる時代
50グラム、20グラム、さらには積立やETFなど、以前よりも少額で金に触れる方法が整いました。「敷居が高い」というイメージは薄れています。 - 過度な期待は禁物
ただし金は利息や配当を生まないため、「これだけで安心」というものではありません。株や債券、現金とのバランスを取ることが重要です。
おわりに
金価格の2万円突破は、日本経済の変化を象徴する出来事です。円の価値低下、インフレの定着、世界情勢の不透明さ――。こうした背景を受けて、金が「安全資産」として改めて評価されています。
しかし同時に、これは「日本人の資産形成が変わる節目」でもあります。これまでのように「現金と預金だけ」では心許ないと考える人が増え、分散投資の中で金を位置づける時代に入ったといえるでしょう。
次回(第3回)は、具体的に 「金投資の始め方」 ― 地金、積立、ETFの違いや特徴を詳しく解説していきます。実際に投資を検討する方に向けて、メリットとリスクを整理します。
📌 参考
- 金1グラム2万円を突破 高値でも購入、インフレ下で資産防衛(日本経済新聞, 2025年9月29日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
