前回の記事では、「退職金での投資デビューは危険」というテーマをお伝えしました。
投資経験がないまま退職金を元手に投資を始めるのは、心理的リスクが大きく老後資金を失う可能性もあるため、慎重になるべきだという話でした。
一方で、すでに現役時代から投資を続けてきた人にとっては、退職を機に無理に運用をやめる必要はありません。
むしろ「資産寿命を延ばす」ために、投資を適切に継続することが有効になるケースもあります。
今回は「投資経験者が退職後にどう資産運用を考えるべきか」を整理していきます。
退職直後に起きる「現金比率の急増」
多くの投資経験者が直面するのは、退職直後に現金比率が急に増えることです。
退職金の一括受け取りや、企業型DC(確定拠出年金)の一時金受け取りによって、預金額が一気に増加します。
例を挙げてみましょう。
- 退職前:預金1,000万円+有価証券1,000万円(比率は50:50)
- 退職金で1,000万円受け取り → 預金2,000万円+有価証券1,000万円(比率は67:33)
このように、有価証券比率が下がってしまうのです。
これを元の水準に戻すためには、増えた現金の一部を投資に回す必要があります。たとえば、受け取った1,000万円のうち500万円を投資に回すと、再び50:50に近いバランスに戻せます。
分割投資という選択肢
では、その500万円をどのように投資するべきでしょうか。
- 一括投資
→ すぐに市場に入れることで、資金効率は高くなります。
→ ただし投資直後に下落すれば、心理的なダメージが大きい。 - 分割投資(ドルコスト平均法的な考え方)
→ 半年~1年かけて複数回に分けて投資する。
→ タイミングリスクを平準化できる。
退職直後のまとまった現金は、これからの生活資金の柱でもあるため、心理的に安心できる方法を選ぶことが大切です。
「一括か分割か」は理論的な優劣よりも、本人の投資方針や耐性によって決めるのが良いでしょう。
退職後ポートフォリオの考え方
退職後の資産運用では「資産寿命を延ばす」ことが目的です。
そのため、現役時代のようにリスクを大きく取る必要はなく、むしろ 安定性を重視したポートフォリオ が求められます。
1. 現金・預金
- 生活費の2〜3年分は確実に確保。
- 医療・介護などの突発的支出にも対応。
2. 債券(国債・社債・債券投信など)
- 株式に比べて値動きが小さい。
- 退職後は「資産を守る」役割が大きい。
3. 株式・投資信託
- 成長のエンジン。
- 先進国株式インデックスや全世界株式インデックスが中心。
4. その他(REIT、不動産、保険など)
- 分散効果を高めるために少量。
「取り崩しながら運用する」方法
退職後は、運用しながら生活費を引き出す「取り崩し戦略」が重要です。
代表的な方法を見てみましょう。
① 定額取り崩し
毎月10万円など、一定額を取り崩す方法。
→ 家計の見通しが立てやすい。
→ 市場下落時に資産寿命が短くなる可能性あり。
② 定率取り崩し
資産残高の3〜4%を毎年取り崩す方法。
→ 市場下落時は支出を減らすため、資産寿命が延びやすい。
→ 生活費が安定しにくい。
③ 複合型
「生活費の基礎部分は年金でカバーし、不足分を資産から取り崩す」スタイル。
→ 現実的で多くの人にフィットする方法。
インデックス投資の活用
退職後に個別株で大きなリスクを取る必要はありません。
長期的に資産を守るためには、低コストのインデックス投資信託やETF が有力な選択肢になります。
- 全世界株式インデックス(MSCI ACWI連動型など)
- 先進国株式インデックス
- 日本株インデックス
これらを組み合わせることで、自然と分散投資が実現できます。
心理的耐性を保つ工夫
退職後は「運用資産=生活資金」です。市場が下落したときの心理的負担は現役時代よりも大きくなります。
そのための工夫として:
- 生活費の数年分は「安全資産」で確保
- 投資部分は「使わない資金」と割り切る
- 定期的にリバランスを行い、過度な株式偏重を避ける
「投資部分はあくまで長期で伸びていけばよい」と割り切れる環境を整えることが大切です。
まとめ
投資経験者が退職後に運用を続ける際のポイントは:
- 退職金で増えた現金を一部投資に回し、資産配分を調整する。
- 投資は一括でも分割でもよいが、心理的に安心できる方法を選ぶ。
- 生活費数年分の現金を確保しつつ、残りを分散投資で運用。
- 「取り崩しながら運用する」仕組みを整える。
退職後の投資は「資産を大きく増やす」ことが目的ではありません。
「資産寿命を延ばし、安心して使い切る」ことがゴールです。
📖参考文献
- 野尻哲史『100歳まで残す 資産「使い切り」実践法』(日本経済新聞出版)
- 「退職金での投資デビューはなぜお勧めできないのか」日本経済新聞(2025年9月22日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
