60代は、公的年金の受給開始、健康保険制度の切り替え、介護保険料の開始など、社会保険と税の制度が大きく動く年代です。同時に、確定拠出年金(DC)・iDeCoの受取開始が可能になり、働き方や収入の変化によって最適な受取方法は大きく変わります。
第7回では、60代の働き方を代表的な4つのパターンに分類し、それぞれで最適となりやすい受取戦略をシミュレーション形式で整理します。
1 働き方で変わる「最適な出口戦略」
受取戦略を左右する主な要素は次の4つです。
- 給与所得の有無と金額
- 国民健康保険(60〜64歳)・介護保険(65歳〜)の負担
- 退職金の有無と受取時期
- iDeCo・DCを一時金にするか年金にするか
この4つの掛け合わせで、税と社会保険料の差は10万円以上変わることがあります。
2 パターン①:60歳前後で完全退職 → 早期リタイア型
●前提
- 60〜64歳:給与なし、国民健康保険に加入
- 退職金は60歳で受取済み
- iDeCo残高:500万円
- DC残高:なし(または少額)
●最適になりやすい戦略
◆ポイント1:国民健康保険料を抑えるため「年金受取」は避ける
年金受取を開始すると雑所得が増え、国民健康保険料が上昇します。
→ 60〜64歳はiDeCo・DCを一時金にしない/年金化しない
→ 生活費はNISA・預貯金でカバー
◆ポイント2:一時金は65歳以降に
65歳以降は介護保険料が始まりますが、退職所得控除を活用すれば一時金の所得影響は抑えられます。
→ 65〜67歳でiDeCo一時金を活用
3 パターン②:60歳以降もフルタイムで継続就労する型(65歳まで)
●前提
- 60〜65歳:給与あり(年収400〜500万円)
- 退職金は65歳受取予定
- iDeCo残高:700万円
- DC残高:300万円
- 社会保険は会社の健康保険に継続加入
●最適になりやすい戦略
◆ポイント1:給与があるので年金受取は非効率
→ 雑所得が増えて税・社会保険料が上昇する
◆ポイント2:一時金は退職金と“10年以上空ける”と税制優位
2026年ルール(5年→10年)を踏まえると、
60歳でDC一時金 → 70歳で退職金
とできるケースは節税効果が大きいです。
→ 60〜61歳:DC一時金を先に受取
→ 65歳:退職金受取
(ただしルール変更後は「10年必要」で調整)
◆ポイント3:iDeCoは70歳手前まで繰り延べ可能
給与が高い期間は公的年金等控除の効果が小さいため、
iDeCoは受取開始を遅らせた方が有利
4 パターン③:60歳以降、短時間勤務・パート勤務に移行する型
●前提
- 60〜64歳:給与100〜150万円
- 国民健康保険に加入する可能性あり
- iDeCo:400万円
- DC:400万円
- 65歳で公的年金受給開始
●最適になりやすい戦略
◆ポイント1:所得が低くなる期間は年金受取が有利
→ 雑所得が少額で、住民税・所得税が比較的軽い
ただし、
国民健康保険料が高い自治体では注意が必要です。
◆ポイント2:一時金は退職金と重ならないよう分離
退職金をもらう企業に再雇用されている場合、
60歳時点の退職金と65歳時点の退職金が重なるケースがあります。
→ 60歳:DCを一時金化(退職金が無い場合)
→ 65歳:退職金+公的年金
◆ポイント3:NISAを取り崩し口座として活用
給与が減る期間は収入調整の柔軟性が重要です。
NISAは所得扱いにならないため、
社会保険料を増やさずに生活費を補えるメリットがあります。
5 パターン④:60代以降も「細く長く働く」継続就労型(70歳まで)
●前提
- 60〜70歳:年収150〜250万円
- 健康保険は会社の被用者保険のまま
- iDeCo:600万円
- DC:500万円
- 退職金は70歳受取予定
●最適になりやすい戦略
◆ポイント1:iDeCoの受取は極力繰り延べ
→ 年金受取しても給与との合算で税・保険料負担が増える
◆ポイント2:DC一時金は退職金から10年空けられると有利
→ 55〜60歳で受取 → 70歳予定の退職金と時期を分離
(企業の制度により異なる)
◆ポイント3:70歳以降の生活設計に備えて年金化も検討
70歳で退職した後は所得が減るため、
65〜75歳の介護保険料・住民税の軽減効果を確保しながら年金化する
という戦略が取りやすくなります。
6 60代の共通リスク:「国保の壁」「介護保険料」「退職所得控除の競合」
どのパターンにも共通する注意点は以下の3つです。
●(1)60〜64歳は国民健康保険料が非常に高い
→ 年金受取は避けると有利になるケースが多い
●(2)65歳以降は介護保険料の影響が大きくなる
→ 年金受取額の増加がそのまま保険料に跳ね返る
●(3)退職所得控除の競合
→ 2026年以降は「10年ルール」
→ 一時金と退職金の受取時期の管理が極めて重要
この3点が、受取最適化の成否を大きく左右します。
結論
60代のDC・iDeCoの受取戦略は、
- いつ働くか
- どれだけ働くか
- 年収はいくらか
- 退職金をいつ受け取るか
- 国保・介護保険料がいくらになるか
によって大きく分岐します。
「一時金が良い」「年金が良い」という単純な話ではなく、
60〜70歳の収入・税・保険料の動きを組み合わせて最適化することが核心です。
60代は制度の切替が集中し、最も損をしやすい時期でもあります。
早い段階から受取時期と働き方の計画を立てることで、老後資金の効率は大きく変わります。
参考
- 厚生労働省「確定拠出年金制度」資料
- 国税庁「退職所得控除」「公的年金等控除」
- 各自治体 国民健康保険・介護保険料計算資料
- 金融庁「NISA制度」資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
