高市早苗政権が発足しました。7月の参議院選挙では、物価高と生活防衛をめぐる議論が中心となり、政治への信頼回復を求める声も強く示されました。新政権が経済運営を軌道に乗せるためには、インフレと賃上げのバランスを取りながら、包摂的な政策を通じて国民の信頼を取り戻すことが求められます。
まず、高市政権の最優先課題は「物価高対策」です。発足当日から総合経済対策の策定が指示され、ガソリン税の暫定税率廃止や、医療・介護分野の処遇改善、中小企業支援などが検討されています。
しかし、インフレが3年以上続く現状を踏まえれば、「一時的な物価上昇」ではなく、緩やかなインフレと共存できる経済構造の確立が不可欠です。追加的な需要喚起策よりも、生産性向上や技術革新への投資を優先することが重要です。
1970年代の石油危機をきっかけに、省エネ化や産業転換が進んだように、補助金による延命ではなく、変化を促す支援が求められます。また、医療・介護など公共サービスの分野では、処遇改善と効率化の両立が必要です。人手不足に対応しながら、持続可能なサービス提供体制を整えることが課題となります。
一方で、生活者の不満や政府不信も看過できません。筆者が行った調査では、消費税・所得税減税を支持する層の多くが「政府不信層」や「SNS共鳴層」に属していました。これらの層は税負担感が強く、政府サービスへの不満を抱えています。こうした背景には、所得税は累進的である一方、社会保険料が相対的にフラットで、世帯年収300万~400万円層の負担が重いという構造的な問題があります。
新政権が給付付き税額控除の制度設計に取り組む姿勢は、まさにこの問題への対応として注目されます。所得・資産の把握体制を整え、低・中所得層への再分配を強化することが、政府への信頼回復につながるでしょう。
ただし、こうした改革には明確な財源論が不可欠です。海外の研究では、ポピュリスト的政策がインフレ率の上昇や財政悪化をもたらす傾向が示されています。高市政権は、感情的な財政ポピュリズムに流されず、超党派による「税と社会保障の国民会議」を設け、客観的なデータに基づく熟議を重ねる必要があります。独立財政機関の設立も、透明性と信頼性を高める有効な手段となります。
今後の成長戦略では、「経済・エネルギー・食料・医療の安全保障」を軸にした危機管理投資を官民で進める方針です。こうした「産業政策」的アプローチは、技術革新や安全保障上の不確実性が高まるなかで、政府の関与によって民間投資を促す点で意義があります。ただし、政策の失敗リスクを最小化するためには、透明な評価と規制改革、公正な競争環境の確保が欠かせません。
また、働く人の側から見ても、物価上昇に負けない所得向上が鍵になります。能力開発支援や職務給制度の導入、労働移動の円滑化からなる「三位一体の労働市場改革」を加速させ、人への投資を軸に成長を実現すべきです。
特に日本企業は教育訓練投資が少なく、現預金を積み上げています。フランスの職業訓練個人口座(CPF)のように、使用者の拠出によって従業員が教育訓練を受ける権利を個人単位で積み立てる制度は、参考にできるでしょう。
さらに、OECDが提言する「定年制廃止」も検討に値します。年功賃金から職務・能力に基づく賃金への移行を促すことで、転職後の賃金低下を防ぎ、労働移動を活性化させる効果があります。70歳まで働ける社会を標準とすることは、財政や社会保障の持続性向上にも直結します。
結論
高市政権に求められるのは、物価高への即効的な対応と同時に、信頼と成長を両立させる長期的な制度設計です。給付付き税額控除や労働市場改革など、包摂的かつ持続的な経済構造への転換が、次の時代の安定と活力をもたらす鍵になります。
政治が「分断ではなく包摂」で民意に応えること。それが、多党化時代の日本における新しいリーダーシップの形だといえるでしょう。
出典
出典:日本経済新聞「高市政権の展望と課題(中) 包摂的政策で信頼を高めよ」(2025年11月6日付 朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

