高市政権の積極財政をどう読むか インフレ下で広がる「アベノミクス・レジーム」の影響と財政運営の課題

政策

高市早苗内閣は「責任ある積極財政」を掲げ、物価高対策を中心とする大型経済対策を打ち出しています。物価上昇が続き、いまの日本はもはや明確な“需要不足の経済”とは言えません。それにもかかわらず、給付や補助金など需要を押し上げる政策が採られているのはなぜなのでしょうか。

本稿では、高市政権の財政運営を理解するための背景として「アベノミクス・レジーム(政策体系)」に注目し、現在の政策の狙いと課題、そして財政の将来像について一般の読者にも分かりやすく解説します。

1. インフレ下でも給付が続く「政策の矛盾」の正体

通常、物価上昇が問題であれば、利上げや歳出削減など「需要を抑える政策」が王道です。しかし、現実にはお米券の配布、ガソリン補助金の増額、電気・ガス料金支援など、逆に需要を刺激する政策が続いています。

この背景にあるのが、10年以上にわたって続いてきた「アベノミクス・レジーム」です。
政府・企業・国民は“デフレからの脱却”を最優先にする政策環境に慣れ、その前提で行動し続けてきました。こうした長期の政策環境のもとでは、多少の方向転換はできても、根本的な政策変化が難しくなります。


2. 高市政権が重視する「純債務GDP比」とは

高市首相は財政健全化の指標として「政府純債務残高の名目GDP比(純債務GDP比)」を重視しているとみられます。この指標は「債務−金融資産」をGDPと比較したもので、増税や歳出削減を進めなくても、インフレや名目成長によって改善する特徴があります。

実際に、純債務GDP比の変化を要因分解すると以下の構図が見えてきます。

  • 基礎的財政収支(PB)…財政を悪化させる方向
  • 実質成長・インフレ…財政を改善させる方向

近年の財政改善の主因は、増税でも歳出削減でもなく、「インフレがもたらす自動改善」です。所得が名目で増えることで税収が増える「ブラケットクリープ」や、名目額で固定された債務が目減りする「インフレ税」が働いています。

政治的には、意図的に痛みを伴う改革を行わずに財政が改善するため、純債務GDP比は好都合な指標と言えます。


3. インフレ・円安が企業にもたらす“追い風”

インフレや円安は家計にとって負担である一方、企業にとっては次のようなメリットがあります。

  • 国際競争力の低下を「価格の割安感」で補える
  • 海外利益を円換算するだけで業績が良く見える
  • 低金利や支援策によって生産性の低い企業(ゾンビ企業)が延命される

こうした環境が続けば、企業もアベノミクス的な政策から離れにくくなります。


4. 歳出の肥大化を促す「インフレ税」という構造

財政赤字で歳出を拡大すると、国民が感じる負担感は小さくなります。税で全額負担する場合と比べて、赤字での負担は「未来に先送りされる」ためです。

この構造は、公共サービスの“割安感”を生み、利用が増えて歳出拡大が続く原因になります。

また、そもそもインフレ税は国民から明示的な合意を得た税ではなく、憲法が定める「租税法律主義」に反するとの指摘もあります。説明責任を欠いた“見えない増税”の構造は長期的な課題です。


5. なぜ「歳出削減」が政治で語られにくいのか

現在の国会では、歳出削減を本気で唱える政党がほとんどありません。
少数与党となった高市政権は野党の協力が不可欠であり、政治的にはさらに大盤振る舞いに走るリスクがあります。

一方、官僚は予算や権限の拡大を志向しがちで、政府規模は自然と大きくなります。
この構図が「アベノミクス・レジーム」をより固定化し、財政改革を難しくしています。


6. 必要なのは「均衡財政への回帰」

このような構造を断ち切るには、財政法第4条が原則とする「均衡予算」に立ち戻ることが重要です。
特に、

  • 経常的な歳出は税収の範囲内でまかなう
    という基本が必要です。

もちろん、戦争や大不況など非常時には柔軟なルールを設ける必要がありますが、平時の赤字国債依存は早急に見直す必要があります。

高市政権は社会保障改革に向けて「国民会議」を設置し、給付と負担のあり方を議論するとしています。今回は「給付をどう減らし、負担をどう減らすか」が問われる点で、これまでとは大きく異なるアプローチが求められます。


7. 政府主導から「民間主導」への転換

補助金頼みの成長戦略では、日本の潜在成長率は向上しません。小泉政権以降、何度も成長戦略は策定されてきましたが、潜在成長率は依然1%未満にとどまっています。

必要なのは次のような方向性です。

  • 徹底した規制緩和
  • 過度な補助金依存の見直し
  • 民間が自助の精神でリスクを取れる環境整備
  • 政府万能主義からの脱却

高市首相が目指す「未来への不安を希望に変える」ためには、政府依存の体質を変え、国民・企業が主体的に動ける経済環境をつくることが不可欠です。


結論

高市政権の経済対策は、一見すると物価高のなかで矛盾した「積極財政」にも見えます。しかし、その背景には長年続いたアベノミクス・レジームの存在があり、政府・企業・国民が最適化してしまった経済環境の中では、大きな政策転換が難しくなっています。

これからの日本に必要なのは、

  • インフレ税に頼らない透明な財政運営
  • 経常的な歳出を税収で賄う均衡財政
  • 政府依存を減らし、民間の活力を引き出す改革

という三つの方向性です。

物価の安定と健全な財政、そして自立的な経済成長を実現するためには、政府と国民が「大きな転換」を受け入れる覚悟が求められていると言えます。


出典

日本経済新聞「高市政権の積極財政はアベノミクス・レジームの限界を示す」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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