高市早苗内閣の発足は、長引いた政局の混迷の果てにようやく実現しました。
7月の参院選後に始まった「石破おろし」、10月の総裁選、さらに公明党の連立離脱と日本維新の会との交渉――この一連の過程は、日本政治の分断と不安定さを象徴する出来事でした。
しかし、悲観的な見方ばかりが先行する中で、今回の政権誕生には「政策本位の政治文化」へ一歩踏み出す契機が潜んでいるようにも見えます。
1.自民・維新連携がもたらす新たな安定軸
衆議院では、公明党の離脱を補う形で維新が閣外協力に加わりました。
維新の議席数は公明党を上回り、与党は両院でおおむね過半数を確保しています。これまでのように、立憲民主党や国民民主党の協力を都度取り付けなければ成立しない「部分連合」状態から、安定した政権運営に移行する可能性が出てきました。
自民党と維新は、外交・安全保障や社会制度の方向性で共通点が多く、イデオロギー上の距離も近いといえます。
旧連立の自公関係が信頼よりも「惰性と妥協」で維持されていた面を考えれば、より政策整合的な連携が始まったという点で前向きに評価できます。
2.政策本位の連立交渉という新しい試み
欧州では、連立政権を組む際に各党が政策を詳細にすり合わせ、合意文書(連立協定)を作ることが一般的です。
今回の自民・維新合意も、12の政策項目を「早期実施」と「検討課題」に区分し、文書として明文化しました。
立憲民主党と国民民主党の協議も、理念論ではなく具体的な政策を軸としたもので、これまでの「選挙互助型」からの脱皮を感じさせます。
こうしたプロセスが定着すれば、日本でも「政局より政策」を重視する文化が根づく契機になるでしょう。
政策の一致を前提にした協力関係こそ、多党制時代における民主政治の成熟を示す指標といえます。
3.自民党の課題 ― 経済再生と中道拡張の両立
高市政権の最大の試練は経済です。
安倍政権のアベノミクスは右派的イデオロギーを補う形で中位層の支持を得ましたが、いまやインフレと金利上昇の下では同じ手法は通用しません。
「サナエノミクス」と呼ばれる新経済戦略を軌道に乗せられるかどうかが、政権の命運を左右します。
一方、右派の参政党の台頭により、自民党はかつての中曽根政権のような「右を押さえて中道に広げる」戦術を取りにくくなっています。
高市首相の下で、片山さつき財務相ら積極財政派と、麻生太郎副総裁・鈴木俊一幹事長といった財務省系保守がどう折り合うかも注目点です。
4.維新・国民・公明・立憲 ― 各党の岐路
維新は、あえて閣外協力にとどめ、政策実現の経験を積みながら「政権担当能力」を高めようとしています。
しかし、議員定数削減などを連立条件に掲げたことは、地方や小政党に負担を強いる側面もあり、「身を切る改革」が他者の痛みを伴うものにならないか慎重な検証が必要です。
国民民主党は、与党入りすれば支持母体・連合との関係が悪化し、野党連携では参院過半数を取れないという板挟みの状況です。
維新に主導権を奪われた今、同党がどの方向に舵を切るのかは、次の選挙戦略を占う試金石となります。
公明党は、自民党との協力関係を失った代償として、比例議席と「与党の旨味」を同時に失いました。
ただし「平和・福祉・クリーン」という原点に立ち返り、中道ブロック再編の核となる可能性もあります。
立憲民主党は、野田佳彦代表の首相指名拒否という異例の戦術で存在感を示しました。
党内左派の反発を抑えつつ、原発政策や安全保障政策で柔軟姿勢を示した点は、他党との連携拡大に向けた成熟の証でもあります。
今後は、維新の「社会保険料引き下げ」や国民民主党の「年収の壁撤廃」などに対抗する、生活保障の現実的ビジョンが求められます。
5.左派各党の戦略的再構築
れいわ新選組・共産党・社民党といった左派各党は、右派政権への対抗を優先するのか、それとも独自路線の拡大を追うのか、岐路に立っています。
政権交代を志向するなら中道勢力との連携が不可欠ですが、れいわが単独拡大路線を取れば共産・社民が不利になるという構造的ジレンマがあります。
理念だけでなく、現実的な政権構想を共有できるかが問われています。
結論
高市政権の誕生は、混乱の果てに生まれた「不安定な安定政権」といえるかもしれません。
しかし、各党が政策を軸に協議し、政権の形を模索した今回のプロセスは、日本政治における新しい文化の萌芽でもあります。
多党化が進む今こそ、「数合わせ」ではなく「政策で競い、政策で合意する」政治へ。
それが日本の民主主義を次の段階に進める唯一の道ではないでしょうか。
出典:
日本経済新聞(2025年11月5日朝刊)「高市政権の展望と課題(上) 政策本位の連立政治へ一歩」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

