飲まないことを選ぶ時代へ 「飲みノミクス」から見る新しい健康観と社会の変化

FP
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日本では長い間、「飲み会」が職場文化や人間関係づくりの中心にありました。お酒は場を和ませ、距離を縮め、同僚や取引先との信頼関係を築くための重要なツールとされてきました。しかし、価値観の変化、健康意識の高まり、ハラスメントへの問題意識などを背景に、「飲まない」という選択が新しい潮流として広がり始めています。

近年、米国や欧州で広まった「ソバーキュリアス」という考え方は、「飲めるけれど、あえて飲まない」というスタイルを指し、健康やメンタルの安定、自分らしい生活を優先する価値観と結びついています。この流れは日本にも波及し、飲酒を前提としない場の設計が企業、飲食店、個人の間で注目されつつあります。

この記事では、飲まない選択が広がる背景や社会的な影響、企業に求められる姿勢などを整理しながら、これからの「飲みノミクス」の姿を考察します。

1 飲めない人が抱えてきた「見えない生きづらさ」

飲酒文化が強い場では、飲まない人が肩身の狭さを感じるケースが少なくありません。オンラインコミュニティでは、次のような声が寄せられています。

  • 高級レストランでノンアルコールを注文すると、歓迎されていない空気を感じる
  • 飲み放題なのに、ほぼウーロン茶しか飲まないのに料金は同じ
  • 「飲めないと人生の半分損している」と言われる
  • 上司や同僚に無理に勧められる場面が日常的にある

これらは単なる愚痴ではなく、飲酒を基準に設計された社会の中で、飲まない人が抱えてきた違和感や負担の象徴と言えます。

飲めない理由は体質、宗教、健康状態、家族の事情など多様です。しかし従来の飲酒文化では、その多様性を十分に受け止められていなかった側面があります。その反動として、「飲める・飲めないのどちらも居心地がよい場」を求める声が強まっています。


2 ソバーキュリアスという世界的潮流

海外では「ソバーキュリアス(Sober Curious)」という言葉が広がっています。
特徴は以下の通りです。

  • 禁酒ではなく「積極的な非飲酒」というスタイル
  • 健康や生活の質(QOL)を優先
  • 飲酒に対する社会的プレッシャーから自由になる
  • 心身のパフォーマンス向上を目的とする

著名人の実践も後押しとなり、米欧ではノンアル市場が急拡大しています。日本でもノンアル専門バーやクラフト系ノンアルドリンクが増え、若い世代を中心に「飲まない」価値が高まっています。

東京・千代田区のノンアル専門バーでは、平日夜でもビジネスマンや外国人観光客が訪れ、会話と食事を楽しむ姿が見られます。飲酒前提ではない空間が求められ、そのニーズに応える店が増えている点は、価値観の変化を象徴しています。


3 健康リスクと社会的損失

飲酒にはリスクが伴います。
特に近年注目されているのは、女性の飲酒習慣の変化です。

厚生労働省の調査をもとにした分析では、生活習慣病リスクを高める飲酒をしている女性の割合がこの10年間で全世代で増加しています。特に50代以上で増加が目立つとされます。
管理職比率の上昇、ストレス環境、接待文化など複合的な要因が考えられます。

さらに、過剰飲酒による社会的損失は年間4兆円超と試算され、酒税収入(年1兆円強)の4倍に達します。医療費、労働損失、事故・トラブル対応などが含まれ、社会全体の負担として看過できない規模です。

「酒は百薬の長」との言葉がありますが、現代の医療知見からは根拠が乏しいことが指摘されており、むしろ健康経営を推進する企業にとって過剰飲酒の抑制は重要課題になっています。


4 企業が向き合うべき「新しい飲み会の形」

働き方改革やハラスメント対策が進み、「飲み会=コミュニケーションの必須ツール」という考えは見直されつつあります。

企業に求められるポイントとしては、次のような視点が挙げられます。

(1) ノンアル参加を前提とした設計

  • ノンアルドリンクの充実
  • 飲酒しなくても自然に過ごせる雰囲気づくり
  • 上司や先輩の「空気を読む押しつけ」を排除

(2) 飲酒以外の交流機会の設計

ランチ会、コーヒーミーティング、オンラインイベントなど、多様な形が定着しつつあります。

(3) 健康経営の視点

企業全体で飲酒リスクを把握し、予防施策を組み込むことで、従業員の健康維持と労働生産性向上につながります。

(4) コンプライアンス対応

飲酒強要、アルハラ(アルコールハラスメント)が明確に問題視される時代となり、ガイドライン整備は不可欠です。


5 「飲まない自由」が生きやすさを広げる

飲む・飲まないは本来、個人の自由です。しかし、日本では長年「飲むことが前提」で文化が形成されてきたため、飲まない人が選択を表明するだけで気まずさを感じることがありました。

飲まないことが、

  • 健康への配慮
  • メンタルコントロール
  • 生産性重視
  • 家庭時間を確保したい
    といった個人の価値観を尊重する行動として認知されることで、多様性のある社会に一歩近づきます。

飲酒を否定するのではなく、「飲まない」という選択が自然なライフスタイルのひとつとして受け入れられることが、次の時代のコミュニケーションのあり方を形づくっていくと考えられます。


結論

飲酒文化は日本社会に長く根づいてきましたが、健康意識、働き方の変化、多様性の尊重といった流れの中で、「飲まない」という選択がよりポジティブな価値として認識されるようになっています。

今後の鍵となるのは、

  • 飲む人も飲まない人も心地よく過ごせる場の設計
  • 健康に配慮した企業文化
  • 個人の選択を尊重する社会的認識
    の3点です。

飲酒の有無がコミュニケーションの良し悪しを左右するのではなく、それぞれが自分に合ったスタイルを選び、互いを尊重し合える時代に向けて、私たち自身も価値観をアップデートしていくことが求められています。


参考

・日本経済新聞「飲みノミクス(下)『あえて飲まない』新潮流」(2025年12月5日)
・厚生労働省「国民健康・栄養調査」
・ニッセイ基礎研究所 各種資料
・健康経営に関する公的資料・報告書


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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