静かに拡大する「インフレ負担の不平等」 見えないコストが家計と社会に残す影響

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物価上昇が一時期より落ち着いたとはいえ、インフレは日本経済に定着しつつあります。実質金利がマイナスの状態が続くなか、家計が感じる負担は世帯によって大きく異なります。本稿では、インフレがもたらす「見えにくい負担」を整理し、特に議論されにくいインフレ税(inflation tax)の構造と、その不平等について考察します。

1. なぜ「人によってインフレ率が違う」のか

インフレという言葉は、一見すると誰もが同じ率で負担を負っているように見えます。しかし近年のミクロデータを用いた研究では、人々が直面する実際のインフレ率は世帯の所得水準や購入する商品によって大きく異なることが明らかになってきました。

特に安価な商品の値上がり率は相対的に高い傾向があります。安価な商品は原材料費比率が高く、コスト上昇の影響を受けやすい構造があります。また、セールや割引の余地も小さいため、価格が下がりにくい特徴があります。一方、高所得者向けの商品ほど商品開発競争が激しく、価格が抑制されやすいという指摘もあります。

さらに、高所得者は必要に応じて「より安価な代替品に乗り換える」選択肢を持ちます。しかし、もともと低価格帯の商品を利用している低所得者にはその選択肢がなく、値上げをそのまま受け入れるしかありません。この差がインフレ負担の不平等として表れていきます。

2. 「インフレ税」という、もう一つの見えない負担

物価上昇が家計に直接感じられる負担ならば、もう一つ見えにくい負担が「インフレ税」です。これは、インフレによって国の債務の実質的価値が縮小し、現金や国債を保有する人の資産価値が目減りすることで政府部門へ富が移転する構造を指します。

名目金利が低く、インフレが続くと実質金利はマイナスになります。その局面で現金・預金・国債を多く保有する世帯ほど大きな「見えない税」を支払っていることになります。

注目すべきは、日本の高齢者世帯の資産構成です。多くの高齢者が資産の大半を現預金で持つ傾向があり、インフレ税の最も大きな負担者が高齢世代になっている点です。これは、「シルバーデモクラシー」と言われてきた従来の財政議論とは異なる現実を示しています。財政支出は将来世代への負担と語られることが多い一方、実際には現在の高齢者も静かに財政の調整弁となっている構造が見えてきます。

インフレ税の規模は消費税に匹敵するという試算もあり、その影響は決して小さなものではありません。

3. 財政運営における「見えない負担」をどう扱うか

選挙ではいずれの政党も増税には消極的で、給付金や無償化などのポジティブな政策が並びます。しかし財政支出が減らない中で、現実的な調整手段としてインフレ税が実質的に機能している可能性があります。

問題は、インフレ税は政策的に明示されるものではなく、議論されることも少ないという点です。知らないうちに特定の世代・資産層が負担を背負う構造を放置すれば、税制・社会保障のバランスを考える機会が失われかねません。

これからの政策議論では、表に見える負担だけでなく、こうした「見えにくい負担」を含めて財政運営をどうデザインするのかが問われます。有権者も政治も、その全体像に向き合う必要があります。

結論

インフレが定着するなかで、家計が受ける負担の差は拡大しています。低所得者層は代替手段が少ないがゆえに日常の物価上昇を重く受け止めざるを得ず、高齢世帯は預金偏重の資産構成のために気づかないうちにインフレ税を負担しています。

インフレは一律の負担ではありません。見えやすい負担と見えにくい負担を整理し、どの層がどれだけ影響を受けているのかを踏まえたうえで、財政・税制議論を進めていくことが不可欠です。

インフレが静かに進む今こそ、家計と社会がどのように影響を受けているのかを丁寧に捉え、政策議論の前提として共有すべき局面に来ているといえます。

参考

  • 日本経済新聞「静かに拡大 インフレ負担の不平等」(2025年12月12日)
  • 経済学研究(家計インフレ率の異質性、インフレ税に関する概念整理 など)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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