1. かつての「当たり前」
「結婚したらマイホームを買って、定年までに住宅ローンを返済し終える」――。
戦後からバブル期まで、日本の中流層にとってはこれが人生設計の王道でした。
終身雇用で給与は右肩上がり。結婚・出産と同時に住宅を購入し、35年ローンを組んでも返済の見通しは立てやすい。退職金や年金も安定していたため、老後には住宅ローンを完済した「自分の家」で穏やかに暮らす未来像が描けました。
実際、政府もこのモデルを後押ししてきました。1960年代半ばには「持ち家優遇政策」が始まり、住宅ローン融資の拡大や税制優遇が整備されました。住宅ローン控除や固定資産税の軽減措置は今も続いています。住宅は経済の牽引役でもあり、「一生で最大の買い物」と位置づけられていたのです。
2. 住宅価格の高騰
しかし、いま「夢のマイホーム」は急速に遠のいています。
不動産経済研究所の調査によると、2025年上半期の東京23区における新築マンション平均価格は1億3,064万円。前年からわずか1年で2割も上昇しました。
東京カンテイの調査では、70㎡換算の新築マンション価格を平均年収で割った「年収倍率」が、全国平均で初めて10倍を突破。東京都に至っては18倍という水準です。
かつて住宅価格の目安は「年収の5倍」でした。1992年の「生活大国5か年計画」では「平均年収の5倍程度で住宅を取得できる社会」を目指すと明記されていました。
しかし現実は、その倍近い負担を強いられる状況となっています。
3. 戸建ても高止まり
マンションだけでなく戸建ても同様です。
首都圏の新築戸建て(敷地面積50〜100㎡)は、平均5,000万円台半ば。5年前より1,000万円以上も高くなっています。
郊外でも価格は下がりにくく、建築費や資材費の高騰、海外マネーの流入などが価格を押し上げています。「手が届く価格帯」の住宅は減り続けているのが現状です。
4. 「住宅ローンが重すぎる」時代
数字を実際に当てはめてみましょう。
東京都内で7,000万円のマンションを購入し、頭金1,000万円、ローン6,000万円を35年返済(固定金利1.5%)と仮定します。
毎月の返済額はおよそ18万円。ボーナス払いを加えればさらに重くなります。
共働き世帯であっても、教育費や生活費を考えるとかなり厳しい負担です。
しかも今は賃金が伸びにくく、将来の昇給や退職金の見通しも不透明です。住宅ローンを背負うリスクは、従来より格段に高まっています。
5. 社会の変化が「従来モデル」を崩した
住宅価格だけが原因ではありません。社会のあり方そのものが変化しています。
- 雇用の不安定化:終身雇用や年功序列は崩れ、転職・非正規雇用も一般的に。
- 未婚化・晩婚化:単身世帯が増加し、「結婚を機に家を買う」という発想自体が減少。
- 人口減少:新築需要は縮小し、着工戸数は年間80万戸と最盛期の半分以下。
- 老後の前提条件の変化:「老後2,000万円問題」も、持ち家で住居費がかからないことを前提にしていたが、その前提が揺らいでいる。
こうした要素が重なり、かつての「結婚→購入→完済」という物語は現実と乖離してしまったのです。
6. 「家が買えない」ことの心理的影響
「家を買えない=人生設計が成り立たないのでは」という不安も広がっています。
特に30〜40代の子育て世代からは、
- 「親世代は家を買えていたのに、自分には無理だ」
- 「一生賃貸だと老後が不安」
といった声が多く聞かれます。
ただし冷静に考えると、「持ち家が必須」という価値観自体が時代に合わなくなっているのかもしれません。家を買うことがゴールではなく、「安心して暮らせる住まい方をどう選ぶか」が大切になっているのです。
7. まとめと次回予告
今回の記事では、日本の住宅市場の現状と、かつてのライフモデルがなぜ崩壊したのかを見てきました。
- 住宅価格は「年収の5倍」から「10倍以上」へ
- 雇用や家族形態の変化で、ローンを組む前提が揺らいでいる
- 中間層ですら「家を買えない社会」に
この現実を前に、従来の「持ち家政策」も転換点を迎えています。
次回は、「海外の住宅政策」 を取り上げます。ロンドン、パリ、シンガポールなど各国の取り組みを紹介し、日本が学べる点を考えていきます。
参考文献
- 日本経済新聞「遠のく夢のマイホーム マンションは年収の10倍、持ち家政策に転換期」(2025年9月13日)
- 不動産経済研究所「新築マンション市場動向」
- 東京カンテイ「年収倍率調査」
- 総務省「住宅・土地統計調査」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
