「人生100年時代」と言われる今、安心して老後を過ごすには、年金や退職金といった収入をどう管理し、どのように資産を取り崩していくかが大きな課題です。近年は「退職後も運用を続けましょう」というメッセージが金融機関から発信されることも多く、「やはり退職金を投資に回すべきか」と考える人も少なくありません。
しかし、経済コメンテーターの野尻哲史さんは新刊『100歳まで残す 資産「使い切り」実践法』(日本経済新聞出版)の中で、退職金を使った「投資デビュー」は避けるべきだと強調しています。今回はその理由と、資産寿命を延ばすための実践的な考え方を整理します。
退職直後に現金比率が上がる理由
退職を迎えると、多くの人がまとまった現金を手にします。
- 退職金の一括受け取り
- 確定拠出年金(DC)の一時払い
これらによって、一気に「現金比率」が高まるのです。
たとえば退職前に「預金1,000万円+有価証券1,000万円」というバランスであった人が、退職金で1,000万円を受け取るとどうなるでしょうか?
現金が2,000万円、有価証券は1,000万円。結果的に「有価証券比率」が大きく低下してしまいます。
そのため、現役時代から投資をしてきた人にとっては「一部を投資に回して比率を戻す」という行動が合理的です。このとき、一度に投資するのではなく、複数回に分ける「分割投資」も選択肢になります。
「退職金で投資デビュー」は危険
ここで注意したいのが「現役時代に投資をしていなかった人」です。
有価証券比率が0%であれば、「元の水準に戻す」という考え方自体が存在しません。つまり、退職金をきっかけに投資を始める必要はないのです。
野尻さんはこう警鐘を鳴らします。
「退職金で投資をするためには、現役時代からの運用を通じて相場変動に対する『耐性』を強くしておくべきだ」
投資経験がないまま退職金を投資に回し、その直後に急落相場に巻き込まれたらどうなるでしょう。数千万円規模の資金が一気に目減りし、不安に耐えられず「損切り」してしまう人も少なくありません。その結果、本来守るべき生活資金を失い、老後の暮らしに深刻な影響を及ぼす危険があるのです。
投資を続ける人と始めない人の違い
ここで整理すると、野尻さんのメッセージは次の通りです。
- 現役時代から投資をしていた人
→ 退職しても運用を止める必要はない。有価証券比率を調整して続ければよい。 - 現役時代に投資をしてこなかった人
→ 退職金をきっかけに「投資デビュー」するのは危険。あえて投資を始める必要はない。
つまり、「退職後も運用を続けるべき」という言葉は、投資経験者に向けたアドバイスであって、未経験者への「投資デビュー推奨」ではありません。ここを誤解してはいけないのです。
投資をしない場合の取り崩し戦略
では、投資をしない場合はどうすればよいのでしょうか。
野尻さんは「基本に立ち返ること」を勧めています。つまり、
- 預金や退職金などの資産収入
- 年金収入
- 必要に応じて勤労収入(パートや再雇用)
この3つをバランスよく組み合わせ、生活費を調整していく方法です。
たとえば「退職金を投資に回して失敗する」よりは、「現金を中心に計画的に取り崩す」方が、結果的に生活の安定度が高いケースも多いのです。
生活費の見直しも「投資」と同じくらい重要
資産寿命を延ばすには、投資だけでなく「支出の調整」も大切です。
- 固定費(住居費・保険料など)の見直し
- 医療費や介護費用に備えた積立
- 趣味や旅行といった「豊かさ」のための支出とのバランス
退職金を増やすよりも、「退職金を減らさない」ための生活設計こそが老後の安心につながります。
まとめ
「退職金で投資デビュー」をおすすめできない理由は、
- 投資経験がないまま相場変動に耐えるのは難しい
- 失敗すると老後資金を大きく失うリスクがある
という点に尽きます。
一方で、現役時代から投資をしてきた人は、退職をきっかけに無理にやめる必要もありません。
資産運用は「資産寿命を延ばすための手段」のひとつにすぎません。むしろ、生活費の水準を見直したり、年金・勤労収入とバランスをとったりすることも含めて、「安心して資産を使い切る」視点が大切です。
📖参考文献
- 野尻哲史『100歳まで残す 資産「使い切り」実践法 60代からの”まさか”に備え、資産寿命を伸ばす知恵』(日本経済新聞出版)
- 「退職金での投資デビューはなぜお勧めできないのか」日本経済新聞(2025年9月22日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB226NN0S5A920C2000000/
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
