社会保障は充実させる一方で、現役世代の負担は軽くする。選挙のたびに繰り返されるこのフレーズですが、現実には逆の現象が進んでいます。
保険料負担は重くなり、年金・医療・介護といった社会保障の実質的な価値は低下しています。その背景にあるのが、長期にわたる賃金低迷です。
本稿では、賃金と社会保障の関係を年金制度と医療・介護制度の両面から整理し、なぜ「賃上げ」が社会保障の前提条件になっているのかを考えます。
年金は「物価」ではなく「賃金」に引きずられている
公的年金は毎年ルールに基づいて改定されています。一見すると、物価が上がれば年金も上がる仕組みに見えますが、実際には賃金の動きが強く影響します。
近年は、
- 物価上昇率 > 賃金上昇率
という状況が続いています。この場合、年金額は物価ではなく賃金の伸びに合わせて改定される仕組みが採用されています。
結果として、物価は上がっているのに年金の増加率は抑えられ、年金の実質的な購買力は低下しています。高齢者の生活が苦しくなる一方で、これは制度上「意図された結果」でもあります。
賃金連動は年金制度を守るための仕組み
年金額を物価に完全連動させれば、高齢者の生活は一時的に守られます。しかし、賃金が伸びない中で給付だけを増やせば、保険料を負担する現役世代の能力を超えてしまいます。
その結果、
- 年金財政が悪化する
- 将来世代の年金水準が引き下げられる
という問題が生じます。
このため、賃金連動は年金制度の持続性を確保するための安全装置といえます。
問題の本質は、年金制度そのものではなく、賃金が物価を上回って上昇していない経済構造にあります。
実質賃金の低迷は医療・介護にも波及する
賃金低迷の影響は、年金だけにとどまりません。医療や介護の現場にも及んでいます。
医療機関や介護事業者は、物価高によって人件費や資材費が上昇しています。これを吸収するには、診療報酬や介護報酬の引き上げ、つまり「価格転嫁」が必要です。
しかし、現役世代の賃金が伸びていなければ、保険料負担を通じた価格転嫁には限界があります。
報酬引き上げと保険料負担のジレンマ
診療報酬や介護報酬を引き上げれば、医療・介護従事者の処遇改善につながります。一方で、その財源は社会保険料です。
給付の伸びが、雇用者全体の賃金総額の伸びを上回れば、
- 保険料率の引き上げ
が避けられなくなります。
つまり、賃金が伸びない状態で社会保障だけを拡充しようとすると、現役世代の負担が増え、制度への不満が強まる構造になっています。
賃上げなき社会保障論の限界
社会保障の充実と負担軽減を同時に実現するためには、前提条件があります。それが、物価を上回る賃金上昇です。
賃金が上がれば、
- 年金は賃金連動でも実質価値を保てる
- 医療・介護の価格転嫁が可能になる
- 保険料率の急激な上昇を抑えられる
という好循環が生まれます。
逆に、賃金低迷を放置したまま制度論だけを議論しても、持続可能な解決にはなりません。
おわりに
社会保障は、独立した制度ではなく、マクロ経済と密接に結びついています。
賃金、物価、給付、負担はすべて連動しており、どれか一つだけを切り離して語ることはできません。
年金や医療、介護の将来を考えるうえで、最も重要な問いは「どの給付を削るか」ではなく、「どうすれば実質賃金を持続的に引き上げられるか」です。
社会保障を守る議論は、賃金と経済成長の議論から始める必要があります。
参考
・日本経済新聞「賃金低迷、社会保障も傷める」
・公的年金制度の改定ルールに関する公表資料
・医療・介護報酬改定に関する政府資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

