賃上げを行った企業の法人税負担を軽減する賃上げ促進税制について、大きな転換が示されました。
大企業は2025年度末で対象外となり、中堅企業も2026年度末で除外される方向です。
一見すると支援の縮小ですが、これは単なる制度変更ではなく、日本の雇用構造や企業行動に対する政策スタンスの変化を意味します。
本稿では、この見直しの背景と実務的な意味を整理します。
賃上げ促進税制の基本構造
賃上げ促進税制は、企業が給与総額を一定割合以上増やした場合に、その増加額の一部を法人税から控除できる制度です。
目的は明確で、以下の2点に集約されます。
- 企業に賃上げを促す
- 個人消費を通じて経済を活性化させる
つまり、税制を通じた賃金政策という位置づけです。
今回の改正内容の整理
今回の見直しは、企業規模ごとに明確な方向性が示されています。
大企業:2025年度で終了
大企業は完全に対象外となります。
背景には以下の認識があります。
- 内部留保や現預金が十分にある
- 税制優遇がなくても賃上げ余力がある
- 支援の優先順位は低い
つまり、「支援対象から外す」という明確な政策判断です。
中堅企業:2026年度で終了(条件強化付き)
中堅企業については段階的な終了となります。
- 2026年度:要件を強化(3% → 4%)
- 2026年度末:制度対象から除外
これは「最後の猶予期間」ともいえる設計です。
政府としては、
- 一定の賃上げを強く促したうえで
- その後は自走を求める
というスタンスが読み取れます。
中小企業:当面維持
一方で中小企業は従来通り維持されます。
- 賃上げ要件:1.5%以上(据え置き)
これは明確に「政策の重点」が中小企業に移ったことを意味します。
なぜ中堅企業も除外されるのか
今回のポイントは、大企業だけでなく中堅企業も対象外になる点です。
その理由は大きく3つあります。
① 人材の奪い合い構造の是正
賃上げ減税は結果として、
- 大企業・中堅企業が賃金を引き上げる
→ 人材を吸収する
→ 中小企業が人手不足になる
という構造を生みやすい側面があります。
今回の見直しは、この構造を是正する意図が強いと考えられます。
② 政策資源の集中
財源には限りがあります。
そのため、
- 効果の薄い層への支援を縮小
- 必要性の高い層へ集中
という再配分が行われています。
中小企業は依然として
- 賃上げ余力が乏しい
- 人手不足が深刻
という状況にあるため、支援対象として残されました。
③ 賃上げの「自走化」への転換
大企業・中堅企業については、
- 税制に頼らず賃上げを行う段階に入った
という認識が前提になっています。
つまり、
- 政策依存 → 自律的賃上げ
への転換です。
実務上の影響と対応
今回の見直しは、企業実務にも明確な影響を与えます。
中堅企業の対応
中堅企業にとっては2026年度が重要な分岐点です。
- 4%以上の賃上げ要件を満たすか
- 税額控除を取りに行くか
- 制度終了後の人件費戦略をどうするか
単なる税務論点ではなく、経営判断の問題になります。
大企業の変化
大企業は制度終了により、
- 税制インセンティブなしで賃上げを行う必要
が生じます。
今後は、
- 人材確保
- 企業価値向上
- ESG・人的資本開示
といった観点が賃上げの主因になります。
中小企業の戦略
中小企業は引き続き制度の恩恵を受けますが、
- 人材流出圧力は依然として存在
- 賃上げ余力は限定的
という難しい状況が続きます。
したがって、
- 税制活用だけでなく
- 働き方・評価制度の見直し
といった非賃金面の対応も重要になります。
結論
今回の賃上げ減税の見直しは、単なる制度縮小ではありません。
- 大企業・中堅企業は「支援対象」から「自立主体」へ
- 中小企業へ政策資源を集中
- 人材配分の歪みを是正
という構造転換です。
今後は、
- 税制に依存した賃上げ
ではなく - 企業の競争力としての賃上げ
が問われる局面に入ります。
賃上げは「税務の論点」から「経営の本質」へと移行しているといえるでしょう。
参考
日本経済新聞(2026年4月1日朝刊)
賃上げ減税に関する報道記事