■ 賃上げ促進税制とは
政府が企業に対して「賃金を上げたら税金を安くします」というインセンティブを与える制度が、賃上げ促進税制です。
正式には「所得拡大促進税制」として2013年に導入され、近年の“物価上昇と実質賃金の目減り”を背景に、何度も拡充が繰り返されています。
仕組みを簡単に言うと――
- 前年より給与支給総額を〇%以上増やす
- その増加分の一部を法人税額から控除できる
たとえば、給与総額が前年度比3%増なら、その増加分の15~25%程度が税額控除されます。
「がんばって賃上げした企業ほど税が軽くなる」という発想です。
■ 制度の目的:賃上げの“連鎖”を生み出すこと
狙いは、物価上昇に見合う給与アップを企業に促すこと。
とくに中小企業では、価格転嫁が進まず賃上げが難しいため、税制面から後押しするという考えです。
政府はこれを「人への投資の税制」と位置づけ、
- 教育訓練費の増加
- 生産性向上に伴う給与アップ
なども条件に加えています。
しかし実際には、制度を活用している企業の多くは、もともと賃上げできる財務余力のある企業。
「すでに上げている企業へのご褒美になっている」との批判が強まっています。
■ 実際の利用状況:大企業が中心
財務省・国税庁のデータによると、賃上げ促進税制の利用件数は毎年数千社に上りますが、そのうち約7割が資本金10億円超の大企業です。
一方で、中小企業の利用率はわずか1割程度。
理由は明確です。
- 申請要件が複雑
前年比較、給与総額の定義、除外対象などの計算が煩雑。 - 税額控除の効果が限定的
そもそも利益が出ていなければ税額控除の恩恵を受けられない。 - 賃上げ余力がない企業ほど使えない
賃上げをしたくても、業績が不安定で手を出せない。
結果として、「賃上げを後押しする制度」が、賃上げできる企業への報奨金的制度にすり替わっているのです。
■ “後付け減税”という構造的な限界
藤田文武・日本維新の会共同代表も指摘したように、この制度の最大の問題は「後付け」になっている点です。
つまり、賃上げをした後に税金が軽くなるだけで、賃上げを決断する前の企業行動には影響しにくい。
企業経営者にとっては、「年度末に利益が出たから賃上げしておこう」「どうせ上げた分が税で戻るし」といった“調整弁”として使われるケースすらあります。
これは、経済政策としての実効性が低いという根本的な問題を示しています。
■ 賃上げのボトルネックは「価格転嫁」と「社会保険料」
中小企業が賃上げできない主因は、税制ではなく、
- 取引価格を上げられない構造
- 社会保険料などの固定的負担の重さ
にあります。
政府が本気で「人への投資」を進めるなら、
- 価格転嫁ルールの徹底
- 社会保険料の引き下げ
- 教育・再スキル支援の直接助成
といった「構造改革型支援」に軸足を移す必要があります。
日本維新の会が提唱する「社会保険料引き下げ」は、まさにこの構造的視点からの提案です。
■ 海外の例に学ぶ:英国・ドイツのアプローチ
海外では、「賃上げを税で誘導する」発想よりも、生産性向上を通じた賃金上昇を促す政策が主流です。
- 英国:従業員の訓練・教育投資に対する税控除を拡充
- ドイツ:労使協議による「職能給」モデルで賃金を段階的に引き上げ
どちらも、単なる減税ではなく、「人への投資」を企業文化として根づかせる仕組みです。
一方の日本は、毎年税率をいじる“短期的誘導策”が中心で、中長期的な人材投資のビジョンが弱いのが実情です。
■ これからの方向性:「賃上げ税制」から「人材成長税制」へ
今後の改革では、税制の目的そのものを「賃上げの結果」から「人材の成長プロセス」に変える発想が求められます。
ポイントは次の3つです。
- 教育・研修費への税優遇を拡充
企業内研修、リスキリング、資格取得支援などを対象化。 - 非正規社員・中小企業への重点支援
企業規模・雇用形態にかかわらず“人への投資”を支援。 - 税制+補助金の連携
賃上げを実施した企業に直接支援金を交付し、税と予算を併用。
このように、「賃金を上げたら」から「人に投資したら」への転換が必要です。
■ まとめ:税で賃上げは限界、求められるのは“構造改革”
賃上げ促進税制は、「税で賃金を上げる」という挑戦的な政策でした。
しかし現実には、
- 対象が大企業に偏る
- 後付けで効果が薄い
- 制度が複雑で中小企業に届かない
という限界が浮き彫りになっています。
真の「人への投資」は、税制の一時的効果ではなく、
- 教育
- 技能向上
- 公正な取引関係
を通じて企業と労働者の双方に利益をもたらす仕組みづくりです。
減税よりも「仕組みの再設計」が、いま政治に求められている改革です。
出典:
・財務省「賃上げ促進税制の概要(令和6年度)」
・厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
・2025年10月6日 日本経済新聞 「維新・藤田氏『研究開発税制も対象に』」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
