相続税の不動産評価では、賃貸住宅の敷地は「貸家建付地」として評価されます。これは、借家人の権利によって土地の利用が制約されるため、自用地よりも価値が低くなると考える制度です。
この仕組みは、相続税実務では長く定着してきました。しかし、近年の不動産市場を見渡すと、この評価方法が必ずしも市場価格の動きと一致していない場面も見られます。
賃貸不動産の価値は、本来は収益力によって決まる側面が強いからです。本稿では、貸家建付地評価と市場価格の関係を整理し、その制度的な課題について考えます。
賃貸不動産の市場価値は何で決まるのか
不動産市場では、賃貸住宅の価値は主に収益力によって評価されます。
投資用不動産の価格は、将来得られる賃料収入を基礎として計算されることが多く、一般には次のような要素が重視されます。
・賃料水準
・入居率
・立地条件
・建物の管理状態
・将来の修繕費
このような観点からすると、入居率の高いマンションは安定した収益が見込めるため、市場では高く評価されます。
逆に、空室が多い物件は収益性が低いため、売却価格も下がる傾向があります。
つまり、市場では入居率が高いほど価値が高いという関係が基本となっています。
相続税評価の基本的な考え方
これに対して、相続税評価では別の視点が重視されています。
貸家建付地評価の基本的な考え方は、借家権による利用制約です。
借家人が存在する場合、所有者は建物を自由に使用することができません。契約を終了させるためには正当事由が必要であり、場合によっては立退料の支払いが必要になります。
このような制約があるため、借家人がいる建物は、自用建物よりも価値が低いと考えられています。
そこで相続税評価では、賃貸されている建物の敷地について、自用地の価額から一定割合を減額する仕組みが設けられています。
入居率と評価額の逆転現象
ところが、この評価方法には特徴的な結果が生じることがあります。
賃貸割合が高いほど、借家権による減額が大きくなるため、土地の評価額は低くなります。
逆に、空室が多い場合は借家権による減額が小さくなるため、評価額は高くなります。
その結果として、次のような逆転が起こる場合があります。
入居率が高い物件
→ 評価額が低くなる
空室が多い物件
→ 評価額が高くなる
これは市場価格の動きとは必ずしも一致しません。
市場では入居率の高い物件ほど価値が高く評価されるため、相続税評価とは逆の結果になることがあります。
評価通達の目的
このような違いが生じる理由は、相続税評価の目的にあります。
不動産の市場価格は、個別の条件によって大きく変動します。立地や管理状態、将来の収益見通しなど、さまざまな要素が影響するため、完全に客観的な評価を行うことは容易ではありません。
そのため、相続税では財産評価基本通達という統一基準を設け、一定の計算方法によって評価を行う仕組みが採られています。
この方法は、課税実務の公平性と事務処理の簡便性を確保するという点では合理的です。
しかし、その一方で、実際の市場価格と乖離するケースが生じる可能性もあります。
近年の評価見直しの動き
近年、不動産評価をめぐる議論は大きく動いています。
特に注目されたのが、いわゆるタワーマンションの評価問題です。高層マンションでは、相続税評価額が市場価格よりも大きく低くなるケースが多く、相続税の節税に利用されることが問題視されました。
このため、令和6年以降の税制改正では、マンション評価の見直しが行われ、市場価格との乖離を縮小する方向で制度が調整されています。
この動きは、不動産評価全体において「市場価格との整合性」が重視され始めていることを示しています。
相続税評価の役割
もっとも、相続税評価は必ずしも市場価格そのものを再現することを目的としているわけではありません。
税制として重要なのは、すべての納税者に対して公平な基準を適用することです。
そのため、評価通達は一定の単純化されたルールによって構成されています。
貸家建付地評価も、そのような実務上の必要性の中で形成された制度の一つです。
ただし、不動産市場の変化に伴い、制度と実態の間に生じるギャップについては、今後も議論が続く可能性があります。
結論
貸家建付地評価は、借家権による利用制約を考慮して土地の価値を調整する制度です。相続税実務では長く用いられてきた重要な評価方法です。
しかし、不動産市場では収益力が価値を左右するため、入居率の高い物件ほど価値が高く評価されるのが一般的です。
このため、貸家建付地評価では、市場価格とは異なる評価結果が生じる場合があります。
相続税評価は課税実務の統一性を重視する制度ですが、不動産市場の変化を踏まえながら、評価方法の在り方について考える必要があると言えるでしょう。
参考
税のしるべ
品川芳宣「続・傍流の正論~税相を斬る 第82回 最判にも疑義③『空室』の価値」
2026年3月9日号
国税庁
財産評価基本通達
