貸付用不動産評価見直しの本質――相続税はどこへ向かうのか

税理士
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令和8年度税制改正大綱において示された貸付用不動産の評価見直しは、取得5年ルール、80%評価、通常の取引価額主義の明確化という形で整理されました。

表面的には、いわゆる「不動産節税」への対応と理解されがちです。しかし、本質はそこにとどまりません。

今回の見直しは、相続税評価の根幹に関わる問いを投げかけています。

本稿では、貸付用不動産評価見直しの本質を整理し、制度の方向性を考えます。


問題の出発点は「評価の乖離」

出発点は、市場価格と通達評価額との著しい乖離でした。

取得価格が数十億円規模である賃貸不動産が、通達評価では大幅に圧縮される事例や、不動産小口化商品が極端に低額評価となる事例が続きました。

形式的には通達に従った適法な評価であっても、実質的には市場価格と大きく離れている。この状況が、課税の公平性を揺さぶりました。

評価通達6項による個別是正は可能でしたが、それは事後的対応であり、予測可能性の観点から問題が残りました。


本質は「時価主義の再確認」

相続税法は、財産を時価で評価することを原則としています。

しかし実務では、通達評価が広く用いられ、その簡便性と安定性が重視されてきました。

今回、「通常の取引価額」という概念が前面に出たことは、評価の原点である時価主義を再確認する動きといえます。

通達評価が時価を補完する手段である以上、時価と著しく乖離する結果を放置することはできません。

評価の本質が「市場との整合性」にあることが、改めて強調されたと理解できます。


制度依存から原則回帰へ

従来の不動産対策は、評価制度の構造に依存していました。

・借入金控除
・貸家建付地評価
・小口化商品の評価差

これらは制度の中で認められた効果です。

しかし制度に依存する戦略は、制度変更により容易に揺らぎます。

今回の見直しは、「制度の隙間」を利用する発想から、「原則に立ち返る」方向への転換と見ることができます。

評価差ではなく、市場価値そのものが基準となる時代への移行です。


公平性と予測可能性の再調整

税制は公平性と予測可能性のバランスの上に成り立っています。

通達評価は予測可能性を高める一方、市場との乖離を生む可能性があります。

6項は公平性を回復する手段でしたが、事後的・例外的であるがゆえに不安定でした。

取得5年ルールや通常の取引価額評価は、このバランスを制度的に再調整する試みといえます。

もっとも、時間基準や割合基準にも限界があります。制度設計は常に不完全であり、絶対解は存在しません。

重要なのは、理念と運用の整合性です。


相続税の位置付けの変化

今回の見直しは、相続税の性格にも影響を与えます。

相続税は資産再分配機能を持つ税目です。その前提は、資産の実質的価値に応じた課税です。

市場価格と大きく乖離した評価が放置されれば、再分配機能は弱まります。

評価の市場連動性を高めることは、相続税本来の機能を強化する方向ともいえます。

ただし、その過程で納税者の予測可能性が損なわれてはなりません。


市場との対話

評価制度は、市場と無関係に存在するものではありません。

金利、地価、投資動向、金融商品設計など、市場は常に変化します。

税制もそれに応じて修正されます。

今回の見直しは、市場の動きに制度が対応した一例です。

評価制度は静的な規範ではなく、市場との対話の中で形成される動的な枠組みです。


本質的メッセージ

貸付用不動産評価見直しの本質は、「形式」から「実質」への回帰です。

評価差を利用する戦略ではなく、資産の実質的価値と承継の合理性が問われます。

制度の隙間を探す発想は、長期的には安定しません。

市場価値と整合的で説明可能な資産構成こそが、制度変更に耐え得る設計です。


結論

貸付用不動産評価の見直しは、単なる不動産対策封じではありません。

それは、相続税評価の原点である時価主義への回帰であり、公平性と予測可能性の再調整です。

制度は変わります。しかし、評価の理念は変わりません。

市場と整合し、説明可能で、持続可能な承継設計こそが、これからの相続対策の基盤となります。

今回の見直しは、その方向性を明確に示したものといえるでしょう。


参考

・自由民主党・日本維新の会 令和8年度税制改正大綱
・財産評価基本通達
・最高裁令和4年4月19日判決 解説資料


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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