高市早苗政権が掲げる「責任ある積極財政」は、国民の暮らしを支えるための財政出動を前提としながらも、財政健全化との両立が課題とされています。日本経済新聞社が実施した経済学者対談では、この新たな方向性に対して「財政規模の拡大ではなく、賢い支出(ワイズスペンディング)こそ重要だ」との指摘がありました。単なる景気刺激ではなく、持続的な経済成長に資する「支出の質」が問われています。
財政拡張のリスク ― 物価と金利の両面から
一橋大学の佐藤主光教授(財政学)は、高市政権の財政方針に対し、「インフレ局面での減税は需要を過剰に押し上げ、物価高を助長するリスクがある」と警鐘を鳴らしました。ガソリン減税などの措置は一時的に家計を支えるものの、供給が追いつかない中での財政拡張はインフレ圧力を強めかねません。
また、金利上昇局面における財政赤字拡大は、国債費の増加や民間投資の抑制を招く副作用もあります。佐藤氏は「金利のある世界では、赤字拡大が金利上昇を誘発し、民間の資金調達コストを高める」と指摘し、財政支出のメリハリを求めました。
「賢い支出」とは何か
高市政権は、人工知能(AI)やエネルギー安全保障など17項目を重点投資分野として掲げています。しかし、重点分野に資金を振り向けるには、優先度の低い予算項目を抑制する必要があります。佐藤氏は「新しい投資を行うなら、どこかを削る勇気が必要だ」と述べ、選択と集中の重要性を強調しました。
東京大学の渡辺努名誉教授も、インフレ下の財政運営に慎重な見方を示しました。インフレにより政府の債務が実質的に目減りする効果(いわゆるインフレ減債効果)は一時的なものであり、「その浮いた分をどこに使うかは、国民的な議論が欠かせない」と指摘しました。短期的な財政余裕を、将来世代に負担を残さない方向でどう生かすかが問われています。
財政の「質」を高める視点
両氏の共通認識は、「量ではなく質」への転換です。財政出動の規模を競うのではなく、どれだけ有効に資金を使えるか。中長期的な成長につながる分野に戦略的に投資し、一時的な増収は国債償還などの財政健全化に回す姿勢が求められます。
「責任ある積極財政」とは、単なる積極財政ではなく、責任を伴う支出管理を意味します。持続可能な財政構造を保ちながら、真に社会に必要な分野へ資金を振り向けることが、これからの日本経済の競争力を左右するでしょう。
結論
インフレ、金利上昇、財政赤字という三つの要素が同時に動く時代においては、従来型の財政政策では対応できません。必要なのは「支出の質を高める」という発想です。AI、エネルギー、医療・福祉といった成長と生活を支える分野に、限られた財源をどう戦略的に配分するか。高市政権の「責任ある積極財政」は、その真価をこれから問われることになります。
出典
日本経済新聞「〈日経エコノミクスパネル〉積極財政『賢い支出を』」(2025年11月7日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

