2026年度の診療報酬改定は、医療従事者の人件費などに充てられる本体部分が3.09%引き上げられ、全体でも2.22%のプラス改定となりました。診療報酬の本体が3%を超えるのは約30年ぶりです。一方で、同時に議論されてきた高額療養費制度の見直しは、当初構想から大きく後退しました。
この2つの政策決定は、日本の医療制度が直面する構造的な課題と、政治の力学を浮き彫りにしています。
診療報酬「3%ありき」で進んだ改定
今回の診療報酬改定は、厚生労働省が3%超の引き上げを前提に調整を進め、最終的に首相判断で厚労省案がそのまま採用される形となりました。財務省は当初1%台での抑制を模索していましたが、補正予算においても医療機関向けの物価対策が要求額を上回る水準で認められるなど、流れは早い段階から「引き上げ重視」に傾いていました。
物価上昇や賃上げ機運の高まりを背景に、医療機関の経営悪化を理由とする主張には一定の説得力があります。しかし、改定率の根拠となる試算が修正を繰り返し、前提条件が変動したことで、数字に基づく冷静な議論が十分尽くされたとは言い切れません。
医療費増加と保険料負担の現実
医療費はすでに50兆円規模に達しており、その約半分は保険料で賄われています。診療報酬が2%増えるだけでも、現役世代を中心とした保険料負担は年間で約5,000億円増えるとされています。
今回の改定では国費も約1,300億円押し上げられますが、最終的な負担は保険料として家計に跳ね返ります。賃上げが進んでも、社会保険料の増加が消費余力を削ぐ構造は変わりません。
高額療養費制度、改革は大幅後退
医療費抑制策として期待されていた高額療養費制度の見直しは、患者団体への配慮などから内容が大きく縮小しました。2027年8月までに自己負担上限を4~38%引き上げるものの、保険料負担の圧縮効果は累計約1,600億円にとどまります。当初想定されていた3,700億円規模からは半減しています。
特に年収650万~770万円程度の層では負担増が大きく、現役世代の中間層に影響が集中します。一方で、制度の持続性を根本から改善するには力不足との評価も否めません。
小幅な負担増にとどまった個別改革
OTC類似薬への上乗せ負担や、食品類似薬の保険給付見直しなど、個別の改革も盛り込まれました。ただし、政治的配慮から対象や負担割合は限定的で、医療費全体を大きく抑制する効果は期待しにくい内容です。
介護保険についても、2割負担対象の拡大は結論が先送りされ、改革の先行きは不透明なままです。
結論
今回の診療報酬改定と高額療養費見直しは、「医療現場の維持」と「現役世代の負担抑制」という二つの要請の間で、政治が後者を十分に貫けなかった結果といえます。
医療従事者の処遇改善は重要ですが、負担能力に応じた高齢者負担の見直しや、制度全体の効率化を伴わなければ、医療保険制度の持続可能性は高まりません。
賃上げと消費の好循環を実現するためにも、医療・社会保障改革は「先送り」ではなく、構造に踏み込んだ議論が求められています。
参考
- 日本経済新聞「診療報酬『3%ありき』政治の圧力」
- 日本経済新聞「高額療養費、しぼむ改革 患者負担の上限4~38%上げ」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

