政府は複数年度にわたる予算編成の導入に踏み出そうとしています。
単年度主義を前提としてきた日本の財政運営にとって、これは構造的な転換となる可能性があります。
一方で、中長期の計画性を高めるというメリットの裏側には、財政の膨張や監視機能の低下といった懸念も存在します。
制度の設計次第で、財政の質は大きく変わる局面に入っているといえます。
複数年度予算が目指すもの
複数年度予算の最大の狙いは、政策の予見可能性を高めることにあります。
従来の日本の予算は単年度主義を基本としており、毎年度ごとに予算を編成し、必要に応じて補正予算を積み増す構造となっています。この結果、政策の継続性が弱く、後追いの財政運営になりやすいという問題がありました。
複数年度予算では、数年単位で支出を計画することで、以下のような効果が期待されます。
- 民間企業の投資判断がしやすくなる
- 地方自治体の事業計画が安定する
- 政策の一貫性が高まる
特に半導体やAIといった長期投資分野では、単年度の予算では対応しきれない側面があり、中長期の支援枠組みが必要とされています。
単年度主義との関係と憲法上の制約
日本の財政制度は、憲法により単年度主義が原則とされています。
内閣は毎会計年度ごとに予算を編成し、国会の議決を経る必要があります。この仕組みは、国会による財政統制を確保するための重要な枠組みです。
そのため、複数年度予算の導入は、次のいずれかの形で運用されることになります。
- 単年度予算を前提としつつ、中期計画を併存させる
- 基金などを活用して実質的に複数年度化する
実際、日本ではこれまで基金という形で実質的な複数年度支出が行われてきました。これは制度的な制約を回避するための実務的対応ともいえます。
基金方式が示す課題
基金は複数年度支出を可能にする一方で、重要な問題を抱えています。
主な課題は以下のとおりです。
- 国会の監視が弱くなる
- 使い切れない資金が発生する
- 事業の効率性が見えにくい
単年度予算であれば毎年審議が行われますが、基金は一度拠出されると、その後の使途についてのチェックが相対的に緩くなります。
この構造は、財政規律を弱める方向に働く可能性があります。
英国モデルに見る「規律との両立」
複数年度予算を先行して導入している国として、英国の制度が参考になります。
英国では、中期歳出計画としてスペンディングレビューを実施していますが、それと同時に以下の仕組みを整えています。
- 独立機関による財政監視
- 経済見通しの検証と事後評価
- 単年度ベースでの財政目標
特に重要なのが、政府から独立した予算責任局の存在です。政策のコスト見積もりや財政の持続可能性を第三者の立場でチェックする仕組みが機能しています。
過去には、このチェックを経ずに大型政策を打ち出したことで市場が混乱した事例もあり、監視機能の重要性が明確になっています。
日本における最大の論点
日本が複数年度予算を導入するにあたっての最大の論点は、次の3点に集約されます。
①財政規律をどう維持するか
複数年度化は支出を見えにくくするため、膨張圧力が強まります。
そのため、単年度とは異なる形での規律が不可欠です。
②監視機能を誰が担うか
現状では、英国のような強力な独立監視機関は存在していません。
国会、内閣、第三者機関の役割分担を再設計する必要があります。
③財政目標の設定方法
プライマリーバランスの黒字化を単年度から複数年度に変更する場合、評価の基準が曖昧になるリスクがあります。
そのため、単一指標ではなく、
- 利払い費のGDP比
- 成長率と金利の関係
- 将来の財政見通し
といった複数の指標で総合的に評価する視点が求められます。
複数年度予算は「拡張装置」にも「統制装置」にもなる
複数年度予算は制度として中立的です。
財政を拡張させる方向にも、規律を強化する方向にも働き得ます。
重要なのは、次の設計要素です。
- 独立したチェック機能の有無
- 財政目標の明確性
- 国会の関与の仕組み
これらが不十分であれば、複数年度予算は単なる支出の先送り・拡張装置になりかねません。
逆に、制度設計が適切であれば、中長期的な成長投資と財政健全性を両立させる枠組みとなります。
結論
複数年度予算の導入は、日本の財政運営における大きな転換点です。
中長期の視点を取り入れること自体は不可避であり、特に成長投資の分野では有効な手法となります。
しかし、その本質は「支出の柔軟化」ではなく「統制の再設計」にあります。
監視機能と財政規律をどのように組み込むかが、制度の成否を決定づけます。
複数年度予算は、財政を強くする制度にも、弱くする制度にもなり得ます。
今後の制度設計こそが、その分岐点となります。
参考
日本経済新聞「複数年度予算、監視機能は途上」2026年3月24日朝刊