2025年に入り、製造業の現場では生成AIの導入が加速しています。これまでの自動化やIT化とは異なり、生成AIは経営判断、サプライチェーン、設計、開発スピードまで変えてしまう力を持ちます。電子機器の受託製造サービス(EMS)大手である鴻海(ホンハイ)精密工業の動きは、その象徴的な事例といえます。
本稿では、ホンハイの視点を手がかりに、生成AIがもたらす製造業の大転換を整理しながら、日本企業にとっての示唆を考えていきます。
1 サプライチェーンは「地域分散」へ
ホンハイはかつて生産拠点の多くを中国に集中していましたが、現在は中国の比率を65%まで下げ、インド・ベトナム・メキシコへと分散しています。
背景には、地政学的な緊張だけでなく、「労働集約型の産業は1人当たりGDPの低い地域へ移る」という経済原則があります。
製造拠点の判断では次の2点が最重要になります。
- ◇ 十分な労働力が確保できるか
- ◇ 政府の投資誘致・支援策があるか
この2点を基に、顧客企業と共同で最適な生産地を決めていく時代になりました。
いま製造業のグローバル戦略は、かつての「最適地生産」から「多拠点分散」「リスク低減」「地域密着」へと大きくシフトしています。
2 生成AIは「日々の業務」と「ゲームチェンジ」で分けて考える
ホンハイが示した整理は興味深いものです。
(1)日々の生成AI
- 議事録作成
- 翻訳
- データ収集
比較的導入しやすく、すぐに効率化を実感しやすい領域です。
(2)ゲームチェンジの生成AI
- 製品上市までの期間短縮
- 設計・シミュレーション負荷の大幅軽減
- 開発サイクルの短期化
- 自動化範囲の拡大
製造業の競争力を根本から変えるのはこちらです。
特に、AIとロボティクスを組み合わせた「AI実装型ヒト型ロボット」は象徴的です。ホンハイは米国の工場に半年以内の導入を予定しており、ライン作業の再定義が進む可能性があります。
3 AIサーバー工場という新産業領域
鴻海は、シャープの亀山第二工場(三重県)を「AIサーバー工場」へ転換する方針を示しています。
AIサーバー市場は世界的に急拡大しており、日本国内での供給力強化は産業政策上も意義が大きいテーマです。
特に、「ソブリンAI(主権AI)」の観点から、
- 国内での計算基盤確保
- 国内製造のAIサーバー供給
- 産業基盤の安全保障
といった位置付けが重要になります。
1年以内の製造開始を目指すスピード感は、従来の日本の大型投資にはあまり見られなかった動きです。
4 「品質×スピード」こそ次の日本企業の競争力
ホンハイは長年シャープと関わり、日本企業の強みを「品質への徹底したこだわり」と評価しています。
しかしハイテク産業では、もはや 「品質だけでは足りない」 という現実があります。
- ICT企業の迅速な意思決定
- 数カ月単位での製品投入サイクル
- 設計〜試作の同時並行化
こうしたスピードが競争の前提になっており、品質とスピードの両立が求められています。
特に自動車産業では、
「日本の品質」×「台湾のスピード」
という組み合わせをホンハイ自身が“勝利の方程式”と述べています。
EV化・ソフトウェア化が進む中で、日本企業がどうスピードを取り戻すかは、今後10年を左右する大きなテーマです。
5 自動車産業にも「水平分業」の波
PC業界は競争の激化とともに、最終的に水平分業へと移行しました。
- 設計
- 製造
- 物流
- 販売
それぞれを得意な企業が分担することで、コストとスピードを最適化してきた歴史があります。
EVでは、
- 共通プラットフォーム化
- ソフトウェアアップデート中心の価値創出
- モジュール化された車体構造
が広がりつつあり、自動車でも同じ変化が起きる可能性が高まっています。
ホンハイは自社ブランドではなく 「受託生産で自動車メーカーを支援するモデル」 を掲げています。
これは自動車産業にとって大きな構造変化になり得ます。
6 承継と組織文化の転換:AI時代の「経営の型」
製造業でもう一つ大きく変わるのが、経営人材の育成と承継のあり方です。
ホンハイではCEOの職務をローテーションで経験させる制度を導入しています。
- 全社視点で物事を捉える
- 他部門の仕組みを理解する
- 組織全体の最適化に意識が向く
創業者ワンマン体制を抜け出し、「システムとして経営する」ための仕組みづくりが求められる時代です。
生成AIが全社データを統合し、経営判断の質を高める中では、
“AIに最適化された経営組織”をどうつくるか
という視点が欠かせません。
結論
生成AIは単なる効率化ツールではなく、製造業の設計・生産・経営・サプライチェーンのすべてに影響を与え始めています。
- 多拠点分散によるサプライチェーンの再構築
- AIによる開発スピードの劇的向上
- AIサーバー製造という新たな産業領域
- 自動車産業の水平分業化
- 経営者育成の仕組みづくり
これらはすべて「次の10年の競争力」を左右する要素です。
日本企業にとって重要なのは、
「品質の強み × スピードの再構築 × AI活用」
という全体像を序盤から押さえ、組織とビジネスの両面で変革を進めることです。
生成AI時代の製造業は、これまでの延長線上にはありません。
今回の動きを1つの契機として、日本企業が新しい競争力を取り戻す可能性を感じさせます。
参考
・日本経済新聞「製造業、生成AIで大転換」(2025年12月4日)
・生成AIと製造業に関する各種公表資料・業界動向
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

