政府は労働市場改革の柱として、リスキリング支援や職業訓練の拡充を進めています。年間1200億円超の予算を投じ、受講者は無料で学び直すことができます。しかし、訓練を修了しても就職につながらないケースが少なくなく、とくにITやデザインといった人気分野では就職率が伸び悩んでいます。求職者の期待と企業ニーズのずれが深まる中、公的訓練は本来の役割を十分に果たしているのでしょうか。この記事では、最近公表されたデータと事例をもとに、課題のポイントと改善の方向性を整理します。
1. 就職率7割という壁
厚生労働省の公表データによると、2024年度の公的職業訓練修了者の就職率は71.8%でした。ここ数年は7割前後で推移しており、大きな改善は見られません。
特に目立つのは、デザインやIT分野といった受講者の多い講座での就職率の低迷です。求職者支援訓練では、3年間で2回35%の就職率基準を下回ると次年度の認定を受けられませんが、2023年度に基準を下回った講座は全体の 1割超 にのぼりました。就職につながりにくい講座が一定数存在していることは否定できません。
2. 訓練内容がニーズとずれる構造
背景にあるのは、訓練メニューと企業の採用ニーズのずれです。ウェブデザイナーや動画制作など、人気がある一方で有効求人倍率が低い「人余り」職種の講座が少なくありません。
たとえば、ウェブデザイナーの有効求人倍率は 0.12倍、動画制作は 0.43倍 とされています。受講者は多いものの採用枠が限られ、結果として就職率は上がりにくくなります。
一方、実際の採用現場では、AI・データ活用、セキュリティ、クラウドなど、より高度で実務性の高いスキルが求められています。基礎的なプログラミングやソフト操作を中心とした講座では、採用の基準を満たさないケースが多く発生していると指摘されています。
3. なぜミスマッチが起きるのか
制度の仕組み自体に原因があります。
- 講座の定員は厚労省が都道府県ごとに設定
- 都道府県と労働局が訓練計画を作成
- 認定は独立行政法人が担当
- 認定基準は「講師」「設備」「カリキュラム」など形式要件中心
このため、「就職」という出口よりも、形式的な基準を満たす講座が認定されやすいという構造になっています。申請講座の多くがそのまま認定されているのが現状です。
また、講座の評価は受講後の就職率で行われますが、前年度の検証を深める前に次年度の予算編成が始まるため、改善のサイクルが十分に機能していません。
専門家からは「縦割り構造が目的を曖昧にしている」といった指摘もあります。
4. デンマークは「現場主導」で訓練を設計
比較対象として挙がるのが、リスキリング大国とされるデンマークの仕組みです。
同国の特徴は、訓練メニューの決定を担うのが行政ではなく、労働組合と経営者団体であることです。現場の需要に基づき、企業が必要とするスキルを踏まえて内容を調整します。
さらに、座学と企業実習をセットにするため、実務の質と訓練内容のずれが起きにくい構造です。就職支援は労組が担当し、訓練と就業が一体化しています。
この仕組みにより、学び直しが無駄になる可能性が低く、労働者は安心して訓練に専念できます。この点は日本の制度と大きく異なります。
5. 日本が直面する「労働臨界」
労働政策研究・研修機構の推計では、労働力人口は2022年の6902万人から、2040年には最大で 900万人減少 するとされています。
この急速な人手不足を前にして、職業訓練の成果が出ないままでは、生産性向上のチャンスを逃してしまいます。限られた人材を成長分野へ移動させることができなければ、経済全体の活力にも影響します。
企業側からも、訓練と採用支援を一体にすることの必要性が挙げられています。企業実習の導入や、訓練後の職務マッチングの仕組み強化など、訓練の「出口」を意識した制度設計が不可欠です。
6. 問われるのは「公費の成果」
年間1200億円の公費を投じながら、就職率が大きく向上しない現状は、制度の再設計を促すサインでもあります。形式要件中心の認定基準、改善サイクルの弱さ、企業のニーズとの距離感、訓練後の支援の薄さ。その多くは制度の仕組みそのものに起因しています。
労働移動を本当に実現させるためには、公費の投入口よりも「成果が出る仕組み」を優先する必要があります。
結論
日本の職業訓練は、制度の枠組みと実務ニーズの間に生じたミスマッチにより、十分な成果を上げきれていません。とりわけ、人気職種に訓練が偏り、成長分野で求められるスキルとの距離が広がるほど、就職率の改善は難しくなります。
これからの労働市場では、生産性向上と労働移動が不可欠です。そのためには、講座の認定基準を見直し、企業実習の組み込みや就職支援の強化など、訓練と就業を一体化した設計へ転換することが求められます。リスキリングを「学んで終わり」にしないための仕組みづくりが、人口減少下の日本にとって重要な政策課題になっています。
参考
・日本経済新聞「職業訓練、3割就職できず」(2025年12月7日朝刊)
・厚生労働省 公的職業訓練データ
・労働政策研究・研修機構 労働力人口推計
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
