■老後資産は「貯める」から「使いながら増やす」へ
定年後に備えて“老後2000万円問題”が語られたのは、もはや過去の話です。
今は、
「いくら貯めたか」よりも「どう使いながら増やすか」
が問われる時代です。
65歳を超えても働き続ける人が増え、
年金・給与・副業収入・投資収益が同時に発生する“複合所得”の時代に入りました。
しかし、その一方で――
- 税金や社会保険料の負担構造が複雑
- 年金・iDeCo・NISAの最適な受け取り方がわかりにくい
という“税制の壁”が、老後資産の活用を難しくしています。
これからの課題は、働き方と資産運用を「税制面でつなぐ」ことなのです。
■iDeCo・NISA・年金 ― 3つの制度を「ライフステージ別」に使い分ける
老後の資産形成を支える3大制度――iDeCo・NISA・年金。
それぞれの税制優遇の目的と「相性の良い時期」を整理すると、次のようになります。
| 制度 | 主な税制メリット | 適する時期 | ポイント |
|---|---|---|---|
| iDeCo(個人型確定拠出年金) | 掛金全額所得控除、運用益非課税、受取時も控除あり | 働いている時期 | 所得税・住民税の軽減効果が大。60歳以降も加入可に拡大予定。 |
| NISA(少額投資非課税制度) | 運用益・配当が非課税 | 50〜80歳 | 働きながらの運用・取り崩しに最適。定期的な再投資で資産寿命延長。 |
| 公的年金(老齢年金) | 公的年金控除+基礎控除 | 60歳以降 | 働き方次第で課税額が変化。繰下げで最大142%に増額可能。 |
つまり――
- iDeCo:働いている間の「節税型積立」
- NISA:働きながらの「非課税運用・取り崩し」
- 年金:安定的な「基礎収入」
この3つを「所得の発生時期」に合わせて設計することで、
老後資金の税負担を最小限に抑えられます。
■「働きながら受け取る」ときの税金の落とし穴
定年後も働きながら年金やiDeCoを受け取る人が増えていますが、
ここに税務上の“落とし穴”があります。
① 年金+給与の合算課税
年金は「雑所得」、給与は「給与所得」。
これらを合算して課税するため、所得控除を超えると税率が一気に上がります。
特に、年金受給を早める+再雇用を続けるケースでは、課税ラインに注意が必要です。
② iDeCo一時金の受取タイミング
退職金控除との重複に注意。
同一年に受け取ると控除額が合算されず、課税対象が増えることがあります。
iDeCoと退職金は「受取年をずらす」だけで税負担が軽くなる典型例です。
③ NISA取り崩しの心理的錯覚
NISAは非課税とはいえ、売却時の評価益は“税金ゼロ”のまま消える。
「税金がかからない=損しない」ではなく、
“どの資産を残すか”を戦略的に考えることが重要です。
■働き方別・税制シナジー設計の基本形
| 働き方モデル | 税制の組み合わせ | ポイント |
|---|---|---|
| ① 再雇用+iDeCo継続 | 給与所得控除+iDeCo控除 | 税率が高い現役期にiDeCoで節税。年金受給は70歳以降に繰下げ。 |
| ② 副業+NISA中心運用 | 事業所得+NISA非課税運用 | 副業の経費化で所得圧縮。NISAで運用益非課税を維持。 |
| ③ 顧問契約+iDeCo+年金 | 雑所得+年金控除 | 収入の分散で住民税を軽減。医療・介護保険料も抑制効果。 |
このように、働き方に応じて税制を“かけ合わせる”ことで、
手取りの最大化と社会保険料の最適化が同時に実現します。
■FP・税理士の視点:老後こそ「総合課税の最適化」が必要
老後の税金対策というと、「控除」「非課税」ばかり注目されがちですが、
本当に重要なのは、総合課税をどうコントロールするかです。
- 年金(雑所得)
- 給与・事業所得
- 運用益・配当(NISA・課税口座)
これらを一つの表にまとめ、
「いつ・どこで・どの所得を出すか」をシミュレーションすれば、
手取りを最大化しながら税負担を平準化できます。
FP・税理士が果たすべきは、
単に節税を提案することではなく、
「長く働き、長く使い、長く安心して生きるための税の設計」
を描くことです。
■まとめ:「貯める」から「設計する」時代へ
かつての老後対策は「退職金をどう運用するか」でした。
いまは、「収入と資産をどう組み合わせるか」。
・働くことで税負担を下げ、
・運用しながら非課税を活かし、
・受け取りを設計して社会保険料を最適化する。
これが、人生100年時代の“税制シナジー戦略”です。
老後の安心は、預金残高ではなく「制度の使いこなし力」から生まれる。
税制を味方につけることが、これからの“生き方の戦略”なのです。
出典:2025年10月6日 日本経済新聞 朝刊
「『出向起業』で事業創出」ほか関連報道・制度資料をもとに構成
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
