給付付き税額控除という新しいセーフティーネット――英国モデルをヒントに、日本がめざす「支え合い型社会」へ

政策

7月の参議院選挙で与党が過半数を割り込みました。
敗因のひとつとされたのが「国民全員への現金給付案」。
物価高の中で家計を支援する目的があったとはいえ、
「選挙目当てのバラマキ」と受け止められた印象はぬぐえません。

日本ではこれまでも、現金給付の対象を「全国民」か「非課税世帯」にするかで議論が繰り返されてきました。
しかし、どちらの方法でも“本当に支援が必要な人”に十分届かない。
いま、そんな行き詰まりを打開する新たな選択肢として浮上しているのが、「給付付き税額控除」です。


■ 給付付き税額控除とは?

給付付き税額控除(refundable tax credit)とは、
所得に応じて「税額控除(クレジット)」を行い、
もし控除額が本来の税額を上回る場合は、その超過分を現金として給付する仕組みです。

つまり、税制と給付を一体化した“再分配の新しいかたち”です。

ただし、制度の設計は国によって異なります。

  • 米国のように、所得税額を超えた分を現金で給付するタイプ
  • 地方税や社会保険料から控除するタイプ
  • 子育て支援や就労促進、付加価値税(消費税)対策など目的別のタイプ

など、実に多様です。

この制度には大きく4つの政策目的があります。

  1. 働く人を支援する勤労税額控除(米・英など)
  2. 子育て支援としての児童税額控除(米・英・カナダなど)
  3. 社会保険料負担の軽減(オランダなど)
  4. 消費税の逆進性対策(カナダなど)

単なる「ばらまき」ではなく、「働く意欲を守る再分配」。
いわば、雇用保険と生活保護の“中間にある新しいセーフティーネット”です。


■ 英国「ユニバーサルクレジット」に学ぶ

この考え方を実際に制度化した代表例が、英国の「ユニバーサルクレジット(Universal Credit)」です。
導入の背景には、働いても手取りが減る「貧困の罠(poverty trap)」がありました。

英国は、働くほど支援が減っていくように段階的な設計を行い、
「働く→所得が増える→給付が減る→最終的に自立へ」という流れを促しました。
これはいわば、“トランポリン型の福祉”です。

制度の主な特徴は次の通りです。

  • 世帯単位で給付額を算定(子ども数や障害・介護も加味)
  • 所得が上がると一定の逓減率で給付を減額
  • 資産が一定額を超えると対象外(約320万円)
  • 職業訓練や求職活動への参加が義務(違反すれば給付停止)

さらに注目すべきは、税と社会保障の連携です。
歳入関税庁(国税庁に相当)が所得情報を毎月デジタルで把握し、
雇用年金省が自動的に給付額を調整します。
デジタルガバメントの力で「支援の即時性と公平性」を両立しているのです。


■ 日本でも議論は進んでいた

実は日本でも、給付付き税額控除は20年以上前から議論の俎上にありました。
2009年の所得税法改正や、2012年の「税制抜本改革法」では、
消費税率10%引き上げと並行して、「低所得者対策」として検討が進められました。

しかし結果的には、消費税の軽減税率導入で決着。
「給付付き税額控除」は見送られた経緯があります。

本来なら、所得に応じて支援を調整できるこの制度の方が合理的。
今後、導入を検討するならば、**軽減税率の見直し(廃止)**も同時に議論すべき段階に来ています。


■ 導入の鍵は「デジタル連携」

制度を支える基盤として、欠かせないのがマイナンバー制度の活用です。
給付付き税額控除を実効性ある形で運用するには、
個人の所得情報を正確かつリアルタイムに把握できる体制が必要です。

現在、デジタル庁では「ガバメントクラウド」を活用し、
自治体データの標準化を進めています。
2025年度には、所得情報と給付をデジタルで結びつける基盤が整う見通しです。

筆者らが提言する「ガバメント・データ・ハブ(仮称)」の構想では、
企業が毎月提出する給与データを国税庁・年金機構・自治体が共有し、
国民は一度の申請で各種手続きを完結できる“ワンスオンリー原則”を実現します。
これこそが、社会保障・税一体改革2.0の土台となるでしょう。


■ 諸課題:資産把握と不正防止

一方で、制度設計には多くの課題も残ります。

まず、資産要件の扱い
預貯金口座とマイナンバーの紐付けが進まなければ、公正な制度運用は難しいでしょう。
約10億口座が未連携といわれる現状では、所得だけでなく資産全体をどう把握するかが鍵となります。

次に、不正防止
米国では税申告を通じた還付型ゆえに不正が多発していますが、
英国は審査と連携システムを通じて抑制しています。
日本でも地方自治体が低所得者情報を把握しており、
国が制度を設計して自治体が補完する形が現実的です。


■ 財源の見通しと現実的な一歩

最も難しいのはやはり財源問題です。
制度設計によって規模は大きく変わりますが、
社会保障の重複を整理し、金融所得課税の拡充などを併用することが考えられます。

令和臨調は2025年4月、
低所得子育て世帯向けに「勤労支援給付制度」(約90万世帯・財源3000億円)を提案。
自民・公明・立憲民主の3党協議も始まり、現実的な検討フェーズに入っています。


■ 「バラマキ」から「働く支援」へ

給付付き税額控除は、ばらまき型給付とは根本的に異なります。
働く意欲を高め、必要な人に的確に支援を届ける「選択と集中」の制度です。
そして何より、**“働くことを支える福祉”**を形にできるかどうか。
それが、日本社会が次の時代に向けて問われているテーマではないでしょうか。


■ おわりに:社会保障・税一体改革2.0の時代へ

現金給付の繰り返しから脱し、
働く人・子育て世帯・フリーランス・非正規など多様な立場を支える仕組みへ。
デジタル連携と税制改革を組み合わせた「給付付き税額控除」は、
その突破口になり得ます。

今こそ、
「バラマキ」から「トランポリン」へ。
落ちた人をただ支えるのではなく、再び跳ね上がる力を与える。
それが、令和の社会保障がめざすべき姿です。


出典:

  • 日本経済新聞「給付付き税額控除の論点(上) 英国の制度 モデルに導入を」(2025年10月8日朝刊)
  • 日本経済新聞「給付付き税額控除とは何なのか」(2025年10月8日夕刊)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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