近年、日本では物価上昇とともに賃上げの動きが広がっています。
企業の賃上げ率は高まり、名目賃金は上昇傾向にあります。しかし、多くの人が実感しているのは「賃上げされても手取りが増えた感じがしない」という現象です。
この背景には、税制や社会保険制度の仕組みがあります。
給与が増えると、所得税や住民税、社会保険料の負担も増えるためです。さらにインフレ局面では、税制の基準額が据え置かれている場合、実質的な税負担が増えることがあります。
本稿では、インフレと給与課税の関係を整理し、名目賃上げと手取りの関係を考えてみます。
名目賃金と実質賃金
賃金には、名目賃金と実質賃金という二つの概念があります。
名目賃金
給与額そのもの
実質賃金
物価を考慮した購買力
例えば、給与が5%増えても、物価が5%上昇していれば生活水準は変わりません。
しかし税制は通常、名目所得を基準に課税します。そのため、物価上昇によって給与が増えると、実質所得が変わらなくても税負担が増える可能性があります。
累進課税と税負担の増加
日本の所得税は累進課税です。
所得が増えるほど税率が高くなる仕組みになっています。
そのため賃上げが行われると
所得増加
↓
税率区分が上昇
↓
税負担増加
という流れが生まれます。
この現象はインフレ期に特に起こりやすくなります。
物価上昇に対応して給与が増えても、税率区分が据え置かれていると、実質的な税負担が増えるためです。
社会保険料の影響
給与が増えたとき、税金以上に影響が大きいのが社会保険料です。
健康保険
厚生年金
雇用保険
などの保険料は、給与水準に応じて決まります。
多くの場合、給与が増えると保険料も増えます。
さらに社会保険料は所得税と異なり、累進税率ではなく一定の保険料率で計算されるため、給与増加とともに確実に負担が増えます。
このため
賃上げ
↓
社会保険料増加
↓
手取り増加が限定的
という現象が起こります。
各種基準額の据え置き問題
インフレ局面では、税制や社会保険制度の基準額が据え置かれている場合、制度のゆがみが生じます。
例えば次のような制度です。
- 配偶者控除
- 扶養控除
- 非課税手当
- 社会保険の扶養基準
これらの基準額が物価に合わせて調整されない場合、制度の対象となる人が減少したり、実質的な税負担が増えたりします。
近年議論されている「年収の壁」問題も、このような制度設計と関係しています。
インフレ時代の給与制度
インフレが続く経済では、名目賃金の上昇が必ずしも生活水準の改善を意味しません。
むしろ、税制や社会保険制度が物価変動に追いつかない場合、賃上げがあっても実質的な手取りが増えないことがあります。
今回の税制改正で非課税基準額の見直しが行われた背景には、こうした問題があります。
税率そのものを変えなくても
基準額
控除額
非課税枠
を調整することで、インフレによる実質増税を防ぐことができます。
結論
インフレ局面では、名目賃金が上昇しても実質的な生活水準が必ずしも改善するとは限りません。
税制や社会保険制度は名目所得を基準に設計されているため、賃上げとともに税負担や保険料負担が増える可能性があるからです。
その結果、賃上げが行われても手取りの増加が限定的になることがあります。
インフレ時代の税制を考えるうえでは、税率だけでなく、基準額や控除額をどのように調整するかが重要な政策課題になります。
参考
日本経済新聞
「インフレ下、課税減免拡大 26年度改正 不動産取得や社食、39件で負担減」
2026年3月9日 朝刊
