終活インフラ派生編③ 相続実務――「相続手続きが始まらない」という現場の現実――

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相続実務で近年増えているのが、「相続手続きが始まらない」というケースです。相続人が存在し、財産もあるにもかかわらず、誰も主導せず、時間だけが経過していく状況が珍しくなくなっています。

これは、相続税の計算や遺産分割協議といった「相続そのもの」の問題ではありません。むしろ、その前段階にある人生の最終局面を支える仕組み、すなわち終活インフラが整っていないことによって生じる問題です。相続実務は、終活インフラの最終工程として位置づけて考える必要があります。

相続は制度があっても自動的には進まない

相続については、民法や税法に基づく制度が整備されています。しかし、制度が整っていることと、実際に手続きが進むことは別問題です。

相続が発生すると、戸籍の収集、相続人の確定、財産調査、遺産分割協議、各種名義変更など、多くの実務が連続的に発生します。これらは、誰かが主体的に動かなければ一切進みません。

かつては、家族の中に自然と「取りまとめ役」が存在し、相続実務を引き受けることが一般的でした。しかし、単身世帯の増加や親族関係の希薄化により、その前提が崩れています。その結果、「相続人はいるが、誰も動かない」という状態が生まれています。

相続人がいても機能しない現場

相続実務が停滞するケースの多くは、相続人が不存在である場合ではありません。むしろ、相続人が複数存在するにもかかわらず、誰も主導しないケースです。

遠方に住んでいる、関係が疎遠である、財産額が大きくないため積極的に関わりたくない、といった理由から、相続人同士が互いに様子見を続ける状況が生まれます。その結果、預貯金や不動産が長期間放置され、相続手続きが事実上停止します。

このような状態は、法律上の問題というより、終活インフラが前提として想定していた「誰かが動く」という構造が崩れていることに起因しています。

死後事務との断絶が相続を止める

相続実務が進まない背景には、死後事務との断絶もあります。死亡後、最初に必要となるのは、葬儀や住居整理、各種契約の解約といった死後事務です。

これらが適切に行われないまま時間が経過すると、相続人は心理的にも実務的にも関与しにくくなります。結果として、「何から手を付けてよいか分からない」という状態に陥り、相続手続きがさらに遅延します。

相続は、死後事務の延長線上に位置するものであり、両者が分断されている限り、円滑な相続実務は期待できません。

専門職が担わされる調整役という現実

相続実務の現場では、税理士や司法書士、行政書士などの専門職が、本来の業務範囲を超えて「調整役」を担わされる場面が増えています。

相続人間の連絡調整、死後事務の整理、関係者への説明など、制度上は誰の役割でもない業務を、専門職が善意で引き受けているケースも少なくありません。しかし、こうした無報酬・半公共的な役割に依存し続けることには限界があります。

終活インフラが整備されていない状態では、専門職の負担が増大する一方で、持続可能な実務体制は構築できません。

終活インフラとしての相続実務

相続実務を円滑に進めるためには、相続を単独のイベントとして捉えるのではなく、人生の最終局面を支えるプロセスの一部として位置づける必要があります。

生前の見守り、金銭管理、判断能力低下時の支援、死亡後の死後事務、そして相続手続きまでが途切れずにつながっていれば、相続は自然に次の工程として進みます。

誰が初動を担い、どの段階で専門職が関与し、どこで役割が切り替わるのか。この流れが設計されていれば、相続実務は「始まらない問題」ではなくなります。

結論

相続手続きが始まらないという現象は、相続制度の欠陥ではありません。終活インフラが不在であることによって生じる、構造的な問題です。

相続実務を円滑に行うためには、相続以前の段階から支える仕組みが不可欠です。終活インフラの整備は、相続人だけでなく、専門職や地域社会にとっても重要な意味を持ちます。

相続を「最後の手続き」として孤立させるのではなく、人生の最終局面を完結させるインフラの一部として再設計することが、これからの相続実務に求められているといえるでしょう。

参考

日本経済新聞
「終活インフラ」を整えよう(2025年12月30日 朝刊)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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