終活という言葉から、多くの人が思い浮かべるのは相続対策です。遺言書の作成や財産の整理など、「亡くなった後」のお金の話に意識が向きがちです。しかし、現実には相続の前段階として、避けて通れない問題があります。それが死後事務です。
人が亡くなると、火葬や埋葬、病院や施設への支払い、住居の明け渡し、公共料金や契約の解約など、多くの手続きが短期間に発生します。これらは相続人でなくても対応可能な事務ですが、誰かが動かなければ一切進みません。終活インフラを考える上で、相続と死後事務を切り離して考えることはできません。
死後事務は相続より先に始まる
死亡後、最初に必要となるのは相続手続きではありません。実務上は、死亡届の提出、火葬や葬儀の手配、医療費や施設費用の精算、住居や遺品の整理などが先行します。
ところが、身寄り力が不足している場合、この初動が止まってしまいます。相続人がいない、または相続人が遠方で関与しない場合、誰が動くのかが不明確になります。結果として、遺体の引き取りが遅れたり、住居が放置されたりといった事態が生じます。
相続は法律に基づく制度が整備されていますが、死後事務は基本的に「誰かが善意で動く」ことを前提としています。この前提が崩れている現代社会において、死後事務は大きな制度的空白となっています。
死後事務委任契約の役割と限界
死後事務への備えとして注目されているのが、死後事務委任契約です。本人が生前に契約を結ぶことで、死亡後の一定の事務を第三者に任せることができます。
しかし、死後事務委任契約も万能ではありません。まず、契約内容が抽象的であると、実務で機能しない可能性があります。どこまでを死後事務として委任するのか、費用はどこから支払うのか、具体的な指示がなければ、受任者は動きにくくなります。
また、契約が存在していても、死亡の事実を誰が受任者に知らせるのか、契約の履行を誰が監督するのかといった点が整理されていないと、実行性は低下します。契約は「動く人」がいて初めて意味を持ちます。
相続手続きとのズレが生む混乱
相続と死後事務の間には、実務上のズレがあります。相続手続きは、相続人の確定や遺産分割協議など、一定の時間を要します。一方、死後事務は短期間での対応が求められます。
このズレが調整されていないと、トラブルの原因になります。例えば、葬儀費用や住居整理費用を誰が立て替えるのか、相続財産からどのように精算するのかといった問題です。事前に整理されていない場合、関係者間での対立や、手続きの停滞につながります。
終活インフラとしては、相続と死後事務を一体として設計し、流れとして整理しておくことが不可欠です。
空き家問題と終活インフラ
死後事務と深く関係するのが空き家問題です。居住者が亡くなった後、誰も手続きを行わなければ、住宅は放置され、地域全体の問題へと発展します。
空き家は、単なる不動産の問題ではありません。固定資産税、近隣トラブル、防災・防犯上のリスクなど、自治体や地域社会に影響を及ぼします。相続人がいても関与しない場合や、相続関係が未整理のまま時間が経過するケースは少なくありません。
終活インフラの整備は、こうした空き家問題の予防にもつながります。死後事務と相続の流れが整理されていれば、住宅の管理や処分についても早期に対応することが可能になります。
終活インフラの完成形とは何か
終活インフラとして求められるのは、個別の契約や制度の寄せ集めではありません。生前の見守りや金銭管理、判断能力低下時の支援、死亡後の死後事務、相続手続きまでが、途切れずにつながる仕組みです。
そのためには、民間事業者、専門職、自治体が連携し、それぞれの役割を明確にする必要があります。誰が最初に動き、誰が引き継ぎ、どこで責任が切り替わるのかを見える形にすることが重要です。
終活を「自己責任」に押し付けるのではなく、社会の基盤として整備することが、これからの高齢社会に求められています。
結論
相続と死後事務は、人生の最終局面を締めくくる重要なプロセスです。しかし、身寄り力が不足している場合、このプロセスは簡単に破綻します。
だからこそ、終活を個人の準備にとどめず、社会全体で支えるインフラとして捉える視点が不可欠です。第1回で述べた総論、第2回のお金と契約、そして本稿の相続・死後事務は、いずれも切り離せない要素です。
終活インフラを整えることは、誰もが人生の最終局面を不安なく迎え、きちんと完結させるための社会的な課題であると言えるでしょう。
参考
日本経済新聞
「終活インフラ」を整えよう(2025年12月30日 朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
