遺言書が「将来の争いを避けるためのツール」である一方で、近年大きく注目されているのが “生前整理” です。
生前整理は、亡くなる準備ではなく、自分らしく生きるための整理であり、遺族の負担を軽くする効果も絶大です。
相続手続きの現場で最も大変なのは、
- 何がどこにあるのかわからない
- デジタル資産の情報が不明
- 書類が散乱している
- 保険の加入内容がわからない
- 故人の意向が読み取れない
といった“情報不足”です。
これを整理しておくことで、遺族の心の負担も、事務作業の負担も、驚くほど軽減できます。
本稿では「生前整理で最低限やるべきこと」を、税理士・FPの視点で体系的にまとめます。
1.生前整理は“老後をより良く生きるための準備”
生前整理というと、
「亡くなる前の準備」というイメージがあるかもしれません。
しかし実際には、
- お金の見える化
- モノの整理
- 心の整理
を通じて、これからの人生を安心して楽しむための行為です。
遺言書と生前整理を組み合わせることで、
“今を生きるゆとり”が生まれます。
2.生前整理の3本柱
生前整理は、以下の3つに分けて考えるとスムーズです。
① 財産の整理(お金・金融資産)
② モノの整理(生活用品・家財)
③ 情報の整理(デジタル遺品・重要書類)
これらを同時に進める必要はなく、
「気になっているところから」始めるのがコツです。
① 財産の整理(もっとも重要)
1)預貯金・金融資産の棚卸し
銀行口座・ネット銀行・証券会社・企業型DCなど、
すべて一覧化します。
一覧表に記載すべき情報
- 金融機関名
- 支店名
- 種類(普通・定期など)
- 口座番号
- 現在の残高
- ログイン方法(パスワードは別管理)
預金が多すぎて管理しきれない場合は、口座の整理も行います。
2)保険契約の確認
- 死亡保険
- 医療保険
- がん保険
- 共済
- 企業の団体保険
保険の“受取人”を確認しておくことは非常に重要です。
遺言書とは別に、保険金は受取人が最優先されるためです。
受取人が元配偶者のままになっているケースも多く、
誤った受取人設定はトラブルの原因になります。
3)不動産の整理
以下の書類をそろえ、内容を確認します。
- 登記事項証明書
- 固定資産税評価証明書
- 権利関係(持分割合など)
- 名義変更の必要性
- 売却や賃貸の予定
家族が知らない不動産があると、相続手続きが混乱します。
一番負担の大きい“名義不一致”を防ぐ上でも重要な作業です。
4)借金・クレジット・ローン
借入金がある場合は正直にリスト化します。
相続人は借金も相続するため、情報がないと問題になります。
リスト化しておくだけで、遺族は大きな安心を得られます。
② モノの整理(最も重労働だが効果が大きい)
1)家の中の“使っていないもの”の整理
- 家具
- 家電
- 衣類
- 趣味道具
- 思い出の品
- 書籍
- 食器
荷物が多いほど遺族の負担は重くなります。
ポイントは「捨てる」のではなく「未来に必要なものを選ぶ」こと。
2)写真・アルバム・手紙の整理
大量の写真は、遺族を苦しめる典型的なパターンです。
デジタル化、テーマ別の整理などを行うと負担が減ります。
3)高級品・美術品は“価値”をメモ
- 宝石
- 着物
- 掛け軸
- 骨董品
価値がわからないと遺族が処分しにくいので
「どの程度の価値か」をメモしておきます。
③ 情報の整理(現代では必須)
1)デジタル遺品の管理
現代の相続トラブルで最も増えているのが“デジタル資産”です。
例:
- オンライン証券
- 暗号資産
- オンラインサロン
- SNS
- サブスク
- クラウドストレージ
- スマホ内のデータ
最低限、
「どのサービスを利用しているか」だけでもリスト化
しておくと、遺族は大きく助かります。
2)重要書類の整理
以下の書類は一ヶ所にまとめておくのが理想です。
- マイナンバーカード
- 保険証
- 銀行通帳
- 印鑑・実印
- 不動産関係書類
- 年金手帳
- 社会保険関係通知
- 契約書
この“書類の一元管理”は、手続きのスピードを劇的に変えます。
3)エンディングノートの活用
エンディングノートは法的効力はありませんが、
以下の情報を残すのに非常に有効です。
- パスワードのヒント
- 親戚や友人の連絡先
- 葬儀や供養の希望
- 医療介護の希望
- 財産一覧の補足説明
遺言書とセットで作成すると、
家族が迷うポイントがほぼなくなります。
4)医療・介護の意思表示(ACP)
人生の最終段階で
- どこで過ごしたいか
- 延命治療を望むか
- 介護の希望
などを事前に話しておくと、家族の心理的負担が大きく減ります。
これは遺言書の守備範囲外のため、生前整理で必須の項目です。
④ 生前整理で「やってはいけない」3つのこと
① 捨てすぎて家族が困る
思い出の品をすべて処分すると、
“家族が大切にしていたものまで消える”ことがあります。
「自分にとって不要」=「家族に不要」ではありません。
② 財産情報を家族に全く伝えない
特にデジタル資産は、情報がなければ消えてしまいます。
最低限の所在は伝えておきます。
③ 家族信託・贈与と混同する
生前整理は財産管理そのものではありません。
- 贈与
- 信託
- 遺言書
などの制度とは目的が異なります。
制度の誤用は税務上大きなリスクになります。
⑤ 生前整理は「自分の人生を取り戻す時間」
生前整理を進めた方がよく言う言葉があります。
「やる前は億劫だったけれど、やり始めたら気持ちが軽くなった」
「家族に迷惑をかけないという安心感がある」
「もう一度人生の棚卸しができて良かった」
生前整理は、
人生の後半を“より楽しく、安心して生きる”ための行為です。
遺言書が“死後の整理”だとすれば、
生前整理は“今とこれからの整理”。
両方をそろえることで、あなたの人生デザインはより豊かになります。
結論
生前整理は「何かが起きる前に負担を減らす準備」ではなく、
“今をよりよく生きるためのプロセス”です。
- 財産の整理
- モノの整理
- 情報の整理
を進めることで、 - 家族の負担が軽くなる
- 相続手続がスムーズ
- 認知症リスクにも対応
- 自分の人生の方向性が明確に
という大きなメリットが得られます。
遺言書と生前整理は、「未来」と「現在」をつなぐ両輪です。
両方を整えることで、あなた自身も家族も安心して日々を暮らせるようになります。
出典
・日本経済新聞「遺言書、今を楽しむために」(2025年12月1日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
