遺言書を書くと決めても、いざ取りかかろうとすると「何から始めればいいのか分からない」という声をよく聞きます。実際、遺言書づくりは“書くこと”よりも“準備のプロセス”のほうが重要です。財産の把握、相続人の確認、記載方法、方式の選択——これらを正しく進めることで、遺言書は初めて効果を発揮します。
本稿では、税理士・FPとして
遺言書を作成するための5つのステップ
と、
必ず準備すべき書類一覧
を整理します。「準備の手順がわかれば、遺言書は怖くない」。そのことを実感していただけるはずです。
1.遺言書作成は“準備”が8割
遺言書づくりは、文章を整えることよりも、情報を整理し判断を固めることが本質です。
準備が整えば、方式に関わらずスムーズに作成できます。
ここでは、実務でも使っている5ステップを紹介します。
■ステップ1:法定相続人を確認する
遺言内容を決める前に、まず「誰が相続人になるのか」を把握することが絶対条件です。
法定相続人は、
- 配偶者
- 子(実子・養子)
- 親
- 兄弟姉妹
など、法律で明確に決まっています。
特に注意すべきケース
- 再婚で前婚の子がいる
- 養子縁組をしている
- 事実婚で子はいない
- 親族関係が複雑
法定相続人を把握することは、遺言の方向性を決める基礎となります。
■ステップ2:財産を“すべて”洗い出す
次に、遺言書の要となる財産を整理します。
ポイントは「漏れをなくすこと」です。
財産リストに記載する項目(例)
- 預貯金
- 不動産(土地・建物・登記情報)
- 有価証券(株式、投信、債券)
- 生命保険(死亡保険金の受取人も確認)
- 車・貴金属・美術品
- 貸付金・借金
- デジタル資産(ネット証券、オンラインバンク、暗号資産)
- 家具や日用品の“処分方針”
実務では、ここを丁寧に行うほど遺言書の質が上がります。
特に多い“抜け漏れ”
- ネット証券の口座
- 使っていない銀行の旧口座
- 財形貯蓄
- 企業型DC・iDeCo
- 故人名義のままの不動産
財産リストは、遺言書だけでなく、
遺族の負担を軽減する“生前整理”にも役立ちます。
■ステップ3:財産の分け方の方針を決める
財産を洗い出したら、次に「誰に・何を・どれだけ渡すか」を考えます。
考慮すべきポイント
- 配偶者の生活資金
- 子どもの生活状況の違い
- 不動産は誰が住むのか
- 障害のある家族を優先したいか
- 事業承継をどうするか
- 二次相続まで考慮するか
特に重要なのは、不動産と預貯金のバランスです。
不動産は「分けにくい財産」なので、
他の財産と組み合わせて調整する発想が必要です。
■ステップ4:遺言書の方式を選ぶ
方式は、以下の3つから選びます。
第3回で詳しく説明しましたが、ここでは要点のみ再掲します。
- 公正証書遺言(推奨)
→最も安全・確実。法的効力が高い - 法務局保管制度付き自筆証書遺言
→コストと安全性のバランスが良い - 自筆証書遺言
→手軽だが要件不備や紛失リスクが大きい
「どれが良いか」は財産の内容・家族構成によりますが、
迷ったら公正証書遺言が基本です。
■ステップ5:遺言書に“思い”を書く(付言事項)
財産の分け方が崩れないよう記載することが遺言書の役割ですが、
もうひとつ大切な役割があります。
それが、付言事項(ふげんじこう)です。
付言事項とは、
- なぜこの分け方にしたのか
- 家族への思いや感謝
- 今後の生活への願い
- 相続人同士で協力してほしいという気持ち
- 供養・葬儀・墓じまいの希望
などを記す自由記述欄です。
法的効力はありませんが、
相続人の心を柔らかくし、
不要な誤解を防ぐコミュニケーション効果があります。
遺言書を“心のある文章”にする重要な部分です。
2.遺言書作成に必要な書類一覧
遺言書を書き始める前に用意すべき書類を整理します。
■身分関係の書類
- 本人の戸籍謄本
- 相続人全員の戸籍謄本
- 戸籍の附票(住所履歴)
- 住民票(自筆方式では必須ではないが推奨)
再婚・認知・養子などがある場合は、戸籍の読み取りが重要です。
■財産の書類
預貯金
- 通帳・残高証明書
- オンラインバンクのログイン情報(別途管理)
証券
- 取引残高報告書
- 銘柄一覧
- 投資信託の評価額資料
不動産
- 登記事項証明書
- 固定資産税評価証明書
- 公図
- 間取り図(任意)
生命保険
- 契約内容のお知らせ
- 受取人情報
デジタル資産
- アカウントリスト
- 保有資産の概要(パスワードは別管理)
その他
- 車検証
- 貴金属・美術品などの写真や領収書
- 事業用資産(法人の場合は決算書)
書類が揃うほど、遺言書の精度が上がります。
3.遺言書の内容を決める際の「5つの注意点」
① 財産の特定は“正確に”
「○○銀行の預金全部」
「自宅を長男に」
こうした書き方は、トラブルの元となります。
- 支店名
- 口座番号
- 地番
- 権利関係
まで正確に記載する必要があります。
② 家族が納得できる“理由”を残す
例えば、
- 長男が同居して介護してくれたため
- 障害があり生活資金を優先したい
- 家業を継ぐ者を中心にしたい
など、理由を付言事項で示すことで、相続人の感情の衝突を減らせます。
③ 遺留分を理解しておく
相続人には「遺留分」という最低限の取り分があります。
意向と法律のバランスをとりながら作成する必要があります。
④ 二次相続を見据える
一次相続(夫 → 妻)では揉めない家庭も、
二次相続(妻 → 子)で問題が起きるケースが多いです。
遺言書は“1回だけのイベント”ではなく、
相続全体の設計図にすることが大切です。
⑤ 定期的に見直す
- 家族の結婚離婚
- 資産の増減
- 不動産売却
- 税制改正
- 家族関係の変化
これらの変化に応じて、遺言書も更新が必要です。
結論
遺言書は、ただ文書を作るだけでは意味がありません。
「法定相続人の確認」から「財産の棚卸し」「方式の選択」「付言事項」まで、準備のプロセスこそが遺言書の価値を決めます。
- 財産の特定を正確にする
- 理由や思いを言葉にする
- 将来の相続を俯瞰する
- 専門家の力を借りる
これらを意識するだけで、遺言書は「家族の未来を守る道具」から、
“あなた自身が安心して生きるための道具”へと変わります。
遺言書は人生に一度の作業ではありません。
定期的な見直しを前提にしながら、
自分の気持ちが整理される“人生デザイン”のプロセスとして活用してください。
出典
・日本経済新聞「遺言書、今を楽しむために」(2025年12月1日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
