見過ごされがちな「介助者の負担」
これまでの回で見てきたように、認知症は本人だけでなく家族や社会全体に大きな影響を及ぼします。その中でも特に見過ごされがちなのが、介助者(家族や親族)の負担です。
介助者は日常的に食事や排泄、入浴の介助をし、通院の付き添い、さらには夜間の徘徊への対応まで担うことがあります。これらは体力的にも精神的にも重い負担となり、長期化すれば介助者自身の健康リスクや孤立感が深刻化します。
東京都で在宅医療を中心に活動する高瀬義昌医師は「介護をする家族の負担は見過ごされがちだ」と指摘しています。患者のケアを支えるためには、介助者を守ることそのものが不可欠なのです。
介助者の孤立が招く負の連鎖
介助者は社会との接点を失いやすい傾向にあります。仕事を辞めたり、友人との交流が減ったりすることで孤立し、うつ病や認知症リスクが高まることも指摘されています。
実際に、介助者が心身を壊してしまい「共倒れ」となるケースもあります。さらに恐ろしいのは、介助者が倒れたことで患者本人も支援を受けられなくなり、ダブルの危機に陥ることです。
つまり、介助者支援は単なる「家族への思いやり」ではなく、社会全体のリスク管理の一部だといえます。
介助者支援の3つの柱
では、介助者を支えるために、どのような仕組みが必要なのでしょうか。大きく3つの柱が考えられます。
1. 経済的な支援
介護は直接的な費用だけでなく、介助者の収入減少という形で家計に打撃を与えます。
- 介護休業給付金や在宅介護に対する補助
- 介護サービス利用料の軽減制度
- 税制上の控除や減免措置
これらを充実させることで、介助者の経済的負担を軽減できます。経済的余裕があれば、外部サービスの利用もしやすくなり、介助者の疲弊を防ぐ効果が期待できます。
2. 心理的・社会的な支援
介助者は「自分だけが頑張らなければならない」と思い込み、孤立することがあります。そこで重要なのがピアサポート(同じ立場の人同士の支え合い)や相談窓口の存在です。
全国の自治体やNPOでは「介護者カフェ」や「家族の会」といった交流の場が広がりつつあります。悩みを共有し合うだけで精神的に救われることも多く、孤独感の軽減につながります。
また、オンラインコミュニティやSNSを通じた交流も有効です。地域を越えて情報交換や励まし合いができる仕組みは、現代ならではの介助者支援といえるでしょう。
3. 社会資源の活用と地域包括ケア
地域包括支援センターやケアマネジャー、訪問看護、介護ヘルパーなど、社会には多くの資源があります。しかし「どこに相談すればいいのか分からない」という声は依然として多いのが実情です。
情報へのアクセスを改善し、ワンストップで相談できる窓口を強化することが求められます。また、地域全体で高齢者を見守る「地域包括ケアシステム」が機能すれば、家族の孤立を防ぎやすくなります。
さらに、テクノロジーの進展も支援の柱になります。見守りセンサーや介護ロボット、AIによる予測診断などは、介助者の負担を軽減する有効な手段になり得ます。
企業の役割と介助者支援
第3回で触れたように、企業は介護離職防止に取り組むことが経営戦略としても重要です。その延長として、介助者の支援に積極的に関わることも有効です。
- 社内での介護相談窓口の設置
- 介護経験を共有する従業員ネットワークの構築
- メンタルヘルスケアとの連動
こうした取り組みは従業員の安心感を高めるだけでなく、企業のブランド価値を向上させることにもつながります。
「共助社会」への転換
少子高齢化が進む中で、介護を家族だけに任せることはもはや不可能です。公的制度だけでも支えきれません。必要なのは、地域・企業・家庭が一体となった「共助社会」への転換です。
地域での見守り活動やボランティア、企業による支援制度、行政による財政的・制度的支援――それらが重なり合うことで、介助者が安心して介護に向き合える環境が整います。
介助者を孤立させない仕組みは、結果的に患者本人の認知症進行を抑える効果もあると指摘されています。つまり、介助者支援こそが認知症対策の要なのです。
まとめ(第4回)
- 介助者は体力的・精神的・経済的に大きな負担を抱え、孤立リスクが高い。
- 経済的支援、心理的支援、社会資源の活用が介助者支援の3本柱となる。
- 企業も従業員支援の一環として介助者支援を進めることが重要。
- 地域・企業・行政が協力する「共助社会」への転換が求められる。
- 介助者を守ることは、患者本人を守ることにつながり、社会全体の持続可能性を高める。
シリーズを終えて
4回にわたって「認知症と社会的コスト」をテーマに、世界の現状、日本の課題、企業と社会の役割、そして介助者支援のあり方を考えてきました。
認知症は本人だけの病ではありません。家族、企業、地域、そして社会全体に関わる問題です。だからこそ、「みんなで支える」という視点が欠かせません。
今後ますます増える認知症患者に向き合うために、私たち一人ひとりが「介助者を支えることの大切さ」を意識することが、未来の社会を守る第一歩になるのではないでしょうか。
👉参考:日本経済新聞(2025年9月21日付 朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
