標準報酬月額の上限引き上げにより、高所得の会社員は厚生年金保険料の負担が増える一方、将来の年金額が上昇することになります。では、実際のところ「支払う保険料の増加」と「増える年金額」はどの程度釣り合うのでしょうか。
今回の第3回では、具体的な年金増額のシミュレーションを通じて、この制度改正が高所得者にとってどのようなメリットにつながるのかを詳しく見ていきます。
1. 年金額が増える仕組み
厚生年金の老齢厚生年金は、在職中の 平均標準報酬額 × 加入期間 × 給付率 で算出します。
そのため、標準報酬月額の上限が引き上がると、上限に該当する高所得者の「平均標準報酬額」が上がり、将来の年金額が増加します。
改正後の上限は最終的に以下のように変わります。
- 現行:65万円
- 2027年:68万円
- 2028年:71万円
- 2029年:75万円
高所得者にとっては、保険料負担増の代わりに年金の“基礎部分”が上昇するという構造です。
2. 年金額がどれくらい増えるのか(基準シミュレーション)
厚生労働省の示す試算では、以下の前提によって増額幅を示しています。
前提条件:
- 標準報酬月額:65万円 → 75万円
- 加入期間:10年間
- 年金受給は65歳〜
- 税引き後の増額幅も参考
結果:
| 項目 | 現行上限(65万円) | 改正後上限(75万円) |
|---|---|---|
| 将来の年金増額(月額) | ― | +約5,100円 |
| 税負担を考慮した実質 | ― | +約4,300円 |
年金は終身支給なので、10年加入でも月額数千円の差は、長生きすればするほど累積メリットが大きくなります。
3. 保険料増加との比較
年金額が増えるといっても、現役時の負担も増えるため、両者のバランスを確認しておくことが重要です。
【保険料負担の増加】
- 月額約+9,100円(企業と折半前)
- 年間約+11万円
- 社会保険料控除後の実質負担は月約+6,100円
【年金増額と比較】
| 視点 | 現役時の保険料増 | 老後の年金増 |
|---|---|---|
| 月額比較 | 約+6,100円 | 約+4,300円 |
| 終身受給の総額 | 年齢によりメリットが拡大 | 老後長く生きるほど実質プラス |
月単位では現役時の負担の方が大きく見えますが、
老後に20〜30年間受け取ることを考えると、総合的にはメリットが大きい という構図になります。
4. 何歳まで生きると“得になる”のか
増える年金(実質月4,300円)と増える保険料(実質月6,100円)の差を回収するには、次のような試算が成り立ちます。
年間の差額(現役時の損失)
約6,100円 − 約4,300円 = 約1,800円/月の差
年間では約2万円の「差」になります。
10年間加入すると、
約20万円 × 10年 = 200万円の差額
を老後の年金増で回収することになります。
年金増(実質4,300円/月)で200万円を回収すると…
200万円 ÷(4,300円×12カ月) ≒ 38.7年
つまり、65歳から約39年間生きると損益が逆転します。
これは104歳前後まで生きる計算です。
しかし、これはあくまで“シンプル差額”の試算であり、
- 加入期間が長いほど年金増額が大きくなる
- 老後の税制は現役時と違うため実質差が縮まる
- 保険料は企業負担もあるため、個人の実質負担は「6,100円よりさらに小さくなる」ケースも多い
といった点を加味すると、実際には 「より早い年齢でプラス転換する」 可能性があります。
近年は平均寿命が延び、人生100年時代が現実味を帯びてきたため、年金の終身受給メリットは決して小さくありません。
5. 高所得者にとっての“実質的な”メリット
総合的に見ると、高所得者にとっては次のような利点があります。
(1) 老後の基礎収入を確実に底上げできる
公的年金は安定性の高い「終身・インフレ対応型」の収入源です。
資産運用のリスクを取らずに、将来の生活費を増やせる点は大きなメリットです。
(2) 在職中の保険料は社会保険料控除で負担軽減される
実際の“手取りの減少額”は、保険料増よりも小さくなります。
(3) 障害厚生年金や遺族厚生年金も増える
年金の増額は老齢厚生年金だけでなく、
- 障害厚生年金
- 遺族厚生年金
にも影響し、遺族保障や不慮の事態への備えとしてもメリットがあります。
6. 長期的視点で判断することが重要
標準報酬月額の引き上げは、短期的には「手取り減」というデメリットが目立つかもしれません。しかし、老後の増額分や保障の厚みを考えると、長期的には一定の合理性がある制度といえます。
結論
標準報酬月額の上限引き上げは、高所得者にとって単なる負担増ではありません。老後の年金額が増えるうえ、障害・遺族保障も手厚くなるため、総合的には「長寿社会における保障の強化」と捉えることができます。
現役時のキャッシュフローには注意が必要ですが、最終的には終身受給という特性が大きなメリットになります。人生100年時代を見据え、今回の改正を「長期の資産形成・保障戦略の一部」として捉える視点が重要です。
出典
- 厚生労働省「改正事項について解説した補足資料(概要版)」
- 日本FP協会 会員向けコラム(2025年)
- 筆者作成(制度シミュレーション)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
