利子割をめぐる東京集中問題は、一見すると単なる税収偏在の調整に見えます。しかし根本には、「地方税はどこに帰属するべきか」という地方税体系の基本思想があります。それが 居住地主義(居住地課税の原則) です。
住民税をはじめとする個人の地方税は、原則として「住んでいる自治体」に税収を帰属させます。住民サービスを受けるのもその自治体であり、行政コストも居住地に応じて発生するからです。
本稿では、この居住地主義がどのような歴史的背景と制度的根拠を持ち、なぜ利子割だけが本店所在地課税となってしまったのかを丁寧に解説します。
利子割の見直しは、地方税体系の根本原則を再確認する契機でもあります。税制全体の流れとの関係も含めて整理していきます。
1 居住地主義とは何か
居住地主義とは、個人にかかる住民税(都道府県民税・市町村民税)の税収は 住民が生活の本拠とする自治体に帰属するべき という考え方です。
その理由は次の3点に整理できます。
(1)行政サービスは居住地で提供される
教育、福祉、介護、子育て支援など、住民向けサービスの大半は居住する自治体が提供します。
したがって税収も住民が住んでいる自治体に配分するのが合理的です。
(2)応益性(benefit principle)
住民税は「住民が受ける行政サービス」という“利益”に応じて負担する面があります。行政コストと税収が一致するためには、居住地主義が不可欠です。
(3)自治体の財政自主権
自治体が住民の生活に責任を持つためには、安定した財源が必要です。居住地主義は地方自治を支える基本的な税財政構造です。
このように、居住地主義は単なる理論ではなく、日本の地方自治制度の基盤でもあります。
2 所得分布と行政コストを反映する「住民税」
住民税は所得に応じて課税されます。自治体は次の2つの要素を踏まえて税収を得ています。
● 応能性(所得の高い人は負担も高い)
所得の多い人は、それだけ住民税の負担は増えます。
自治体は所得分布に応じた税収を確保できます。
● 応益性(住民サービスの受益者が負担する)
教育・福祉・医療サービスは、居住地の住民が受けます。
そのため税収も居住地に帰属させることが合理的です。
この“応能+応益”が住民税の最大の特徴であり、「居住地主義」が根本です。
3 なぜ利子割だけが本店所在地課税になったのか
ここが今回のテーマの核心部分です。
利子割は1975年の地方税法改正で創設されました。当時の銀行取引は次の特徴がありました。
- ほぼすべてが対面取引
- 支店単位の管理が明確
- システム処理は本店で実施
- 利子の源泉徴収も本店処理が中心
このため、
「実務上、本店でまとめて処理する方が簡便」
という理由から、本店所在地課税の方式が採用されました。
当時はネット銀行もなく、全国の預金者の利子が東京に集中することは想定されていませんでした。
“利子割の本店課税”は、あくまで旧来の銀行システムに合わせた 暫定的・実務優先の措置 にすぎなかったといえます。
しかし、ネット銀行・オンライン預金・スマホバンキングの普及によって、
「本店所在地=預金者の居住地」という前提が完全に崩壊
しました。
にもかかわらず制度がそのまま残っているため、税源偏在が発生しているのです。
4 金融所得課税の中でも利子割だけが“例外”となる理由
利子割以外にも金融所得には地方税が存在します。
- 配当割(上場株式等)
- 株式譲渡所得割(上場株式の売買差益)
これらは居住地課税で処理されており、住民税の仕組みと整合的です。
しかし、利子割だけは本店所在地で課税されるという“例外”が残っています。
つまり、
居住地主義が適用されていないのは利子割だけ
と言っても過言ではない状況です。
金融所得の中で利子割だけが特殊な構造になってしまったことが、今回の偏在問題をさらに大きく見せています。
5 デジタル社会で「居住地主義」はより重要に
オンライン取引が主流となった現代では、居住地でのデータ把握が容易になり、課税の精度は大幅に向上しています。
- マイナンバーと金融口座の紐付け
- 金融機関から税務当局へのデータ提供
- 電子申告の普及
- 金融所得の自動集計
デジタルインフラにより、利子割も“居住地課税”に戻す基盤はすでに整っています。
さらに、人口減少や高齢化で地方財政の脆弱化が進む中、
税収を住民の居住地に正しく帰属させる重要性はますます高まっています。
6 着目すべき点:利子割の見直しは「制度の整合性」を回復する作業
今回の改革は「東京から地方へ税収を移す」ように見えがちですが、実態は次のとおりです。
- 歴史的事情で利子割だけが本店主義
- デジタル化で前提が崩壊
- 居住地主義への回帰は本来の姿
- 制度の整合性を回復するだけ
- 金利上昇で問題が顕在化したが、本質的には“制度の歪み”の問題
つまり、偏在是正は 制度を適正化するための基本的な処方箋 に過ぎません。
税制全体がデジタル社会へ移行する中で、地方税も再設計が必要になっているのです。
結論
住民税の基本原則である「居住地主義」は、行政サービスの提供、応能負担、地方自治の維持といった側面から極めて重要な考え方です。利子割だけが本店所在地課税になっているのは歴史的な事情による例外にすぎず、デジタル社会の現実とは整合しなくなっています。
今回の偏在是正の議論は、地方税体系の原則を再確認し、制度を本来の姿に戻すための大きなステップです。
次回は、この視点をさらに広げ、ネット銀行や金融DXが地方税制度に与える影響について深掘りしていきます。
参考
・総務省「地方税制度の概要」
・地方財政白書(最新版)
・日本経済新聞(該当記事)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
