介護離職という社会的損失
日本の高齢化が進む中で、「介護離職」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。厚生労働省によれば、年間でおよそ10万人前後が介護を理由に離職しているとされます。これは氷山の一角であり、実際には仕事をセーブしたり、キャリアをあきらめたりする潜在的な影響はもっと大きいと考えられます。
日本総研の試算では、2030年時点で「働きながら介護」を担う人は約318万人に達し、労働生産性の損失などを含めると経済的損失は約9兆円規模にのぼります。これは1つの産業が消えてしまうほどの大きさであり、社会全体で対策を急がなければなりません。
介護と労働力の重なり
介護が必要になる世代と、企業で中核を担う世代は重なっています。40〜50代の管理職層は、仕事の責任が最も重くなる時期です。同時に、親の介護問題が本格化する年代でもあります。
もしこの層が介護のために職場を離れれば、企業は経験豊富な人材を失い、組織の生産性も低下します。単なる個人の問題ではなく、企業経営や社会の競争力そのものに影響する課題なのです。
企業が取り組むべき3つの方向性
介護離職を防ぎ、仕事と介護を両立できる環境を整えるために、企業はどのような役割を果たせるのでしょうか。大きく3つの方向性があります。
1. 介護休暇・介護休業の活用促進
日本ではすでに「介護休暇」「介護休業」といった法制度が整備されています。しかし、実際の利用率は決して高くありません。理由は「制度を知らない」「職場で使いづらい」という心理的ハードルにあります。
企業が率先して制度の利用を推奨し、「使って当たり前」という文化を醸成することが重要です。加えて、有給扱いや部分取得を可能にするなど、柔軟性を高める工夫も求められます。
2. 柔軟な働き方の導入
テレワークやフレックスタイムといった柔軟な働き方は、育児だけでなく介護にも有効です。例えば「日中は親の通院に付き添い、夕方から自宅で仕事をする」といった働き方が可能になれば、離職を避けられるケースは増えるでしょう。
ICTを活用したリモート勤務環境の整備や、成果ベースの評価制度への移行は、介護と仕事を両立できる企業文化をつくる鍵となります。
3. 介護に関する教育・相談窓口
介護は突然始まることが多く、本人も家族も知識や準備が不十分なまま直面するケースがほとんどです。企業が研修やセミナーを通じて介護の基礎知識を提供したり、外部の専門機関と連携して相談窓口を設置したりすることは大きな支えになります。
「いざというときに相談できる場所がある」ことで、不安が軽減され、離職を防ぐ効果が期待できます。
海外の事例に学ぶ
海外では、すでに「仕事と介護の両立」を社会的課題として捉え、先進的な取り組みを行う企業や国があります。
- イギリス:介護者を「カーレア(Carer)」と明確に位置づけ、法的に権利を保障。企業が介護者支援プログラムを導入する動きが広がっています。
- ドイツ:介護保険制度が充実しており、短期的な介護休暇や在宅介護サービスと企業支援が組み合わされています。
- 米国:大企業を中心に、従業員支援プログラム(EAP)の一環として介護相談や斡旋サービスを提供する例が増えています。
これらの取り組みは、単に従業員の福利厚生ではなく、優秀な人材を確保し続けるための経営戦略として捉えられている点が特徴です。
社会全体の支援体制
企業の努力だけでは限界があります。社会全体で介護を支える仕組みが不可欠です。
- 自治体による「地域包括支援センター」の機能強化
- NPOや地域ボランティアによる見守り支援
- ICTやAIを活用した「見守り機器」「介護ロボット」の普及
- 医療と介護の連携による切れ目のない支援
これらが整えば、介護する人の負担は軽減され、企業も安心して従業員を支えやすくなります。
介護を「コスト」から「投資」へ
企業にとって介護支援は「コスト」と見なされがちです。しかし視点を変えれば、人材を守り、生産性を維持するための投資です。
介護休暇を活用して従業員が離職せずに済めば、再採用や教育にかかるコストを削減できます。柔軟な働き方を導入すれば、多様な人材を活かすダイバーシティ推進にもつながります。
つまり、介護支援は従業員のためだけでなく、企業自身の持続可能性のためでもあるのです。
まとめ(第3回)
- 介護離職は毎年10万人規模で発生し、2030年には経済的損失が9兆円に達すると試算される。
- 影響を受けるのは40〜50代の管理職層で、企業の競争力にも直結する。
- 企業は①休暇制度の活用促進、②柔軟な働き方、③教育・相談窓口の整備という3本柱で支援を進める必要がある。
- 海外では介護者支援を「経営戦略」として取り入れる動きが広がっている。
- 介護支援はコストではなく、人材を守る投資である。
👉参考:日本経済新聞(2025年9月21日付 朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
