「遺言書は資産家のもの」「自分には関係ない」——そんな声を多く耳にします。しかし、相続の現場で税理士・FPとして数多くの相談に携わってきた経験から言えるのは、遺言書が必要なのは“普通の家庭”こそという事実です。
相続トラブルの多くは、大資産家ではなく、自宅と預貯金だけの家庭で起きています。
その理由は、財産のほとんどが“分けにくい”不動産であること、そして相続人同士の価値観や生活状況の違いが大きく影響するためです。
本稿では、「遺言書が必要な人」「今すぐ書くべき人」の特徴を整理し、反対に「遺言書が不要なケース」も明確にしながら、読者が自分の状況を客観的に判断できるように解説します。
1.遺言書は「資産額」で決まるものではない
まず強調したいのは、遺言書の必要性は“資産額”では決まらないということです。
・5千万円以下の家庭で相続トラブルが7割
・1千万円以下でも3割
というデータからもわかるように、“財産が少ないほうが揉める”という逆転現象が起きやすいのが相続です。
理由は明確です。
- 遺産が少ないからこそ「公平に分けたい」という感情が強くなる
- 不動産中心だと分割が難しい
- 兄弟姉妹間の関係性・生活状況が違う
相続は感情の問題であり、遺言書のあるなしで家族の心理的負担が大きく変わります。
2.遺言書が“必要な人”の代表的な7パターン
では、どのような人に遺言書が強く求められるのでしょうか。
相続実務からみる「典型的な7パターン」を紹介します。
【① 事実婚・内縁関係のパートナーがいる】
事実婚のパートナーは法定相続人ではありません。
遺言がなければ、原則として一円も受け取れません。
・長年連れ添ったパートナー
・生活を共にした相手
・介護や看病を担った人
こうした相手に財産を残したい場合、遺言書は必須です。
【② 子どもがいない夫婦】
子どもがいない場合、相続は配偶者と“亡くなった方の兄弟姉妹”で行われます。
多くのケースで、
「兄弟姉妹と相続の話などしたくない」という声が上がります。
遺言書がなければ必ず遺産分割協議が必要になり、配偶者にとって大きな負担になります。
【③ 再婚家庭(前の婚姻に子どもがいる)】
再婚家庭では、
- 配偶者
- 前婚の子
- 連れ子(法律上の立場が異なることも)
が複雑に絡みます。
前婚の子との関係が薄い場合、遺産分割は高確率で揉めます。
“血のつながり”がある相続人は法律上強い権利を持つため、遺言書がないと配偶者が不利になるケースが多いのが現実です。
【④ 相続財産の大半が「持ち家」】
自宅は極めて“分けにくい財産”です。
預金が少ない家庭ほど、分割の調整が困難になります。
- 誰が住むのか
- 売るのか
- 代償金を払えるのか
これらを生前に記しておくことで、相続人の負担を大幅に軽減できます。
【⑤ 会社経営者・個人事業主】
事業用資産と個人資産が重なるケースは、
遺言書がないと事業承継が混乱します。
- 誰が会社を継ぐのか
- 経営権と財産をどう分配するか
- 後継者不在時の対応はどうするか
このあたりは遺言書で方向性を示すことが極めて重要です。
【⑥ 障害のある家族・生活に困難のある家族がいる】
特定の相続人を手厚く支えたい場合、
遺言書がなくても法定相続分が優先されてしまいます。
・生活に不安がある子
・障害のある家族
・収入に大きな差がある兄弟姉妹
このような場合、遺言書と家族信託の併用が効果的です。
【⑦ 親族関係が希薄・関係性が複雑】
「兄弟の仲が悪い」「親戚と疎遠」など、関係性が悪いケースほど遺言書は必須です。
感情の対立は財産の大小とは無関係で、
些細な預金やわずかの不動産でも争いに発展します。
3.反対に「遺言書が不要なケース」とは?
「誰でも絶対に遺言書が必要」というわけではありません。
以下の条件が揃う場合、急いで作らなくてもよいことがあります。
【① 配偶者と子どもがいて、関係性が良好】
典型的な家族構成で、
- 家族間で信頼関係がある
- 単純な預貯金が中心
- 不動産は少なく、分けやすい
という場合は、法定相続分でスムーズに進むことが多いです。
【② 財産が少額で単純】
預貯金が少額で、家族が少なく、全員が協力的な場合は、
遺産分割協議もシンプルに終わるケースがあります。
【③ 配偶者がすべて承継し、その後の対立が想定されない】
一次相続(配偶者が相続する場面)ではほとんど揉めません。
ただし、二次相続(配偶者が亡くなった後)で揉めることがあるため注意が必要です。
4.「書いたほうがいいのか?」の判断基準
以下の3つの質問に“ひとつでもYES”なら、
遺言書を作成する価値があります。
① 不動産が中心の相続になりそうか?
→ YESなら遺言書は必要度が高い。
② 法定相続人の関係性は良いか?
→ NOなら遺言書を作るべき。
③ 特定の人に手厚くしたい思いがあるか?
→ YESなら遺言で意志を明確にする必要がある。
この基準はシンプルですが、実務の実情をよく反映しています。
5.「遺言書を書くこと」を支える心理効果
第1回でも触れたとおり、遺言書を書くことで得られる効用は、法的効果だけではありません。
- 将来への不安が減る
- 人生の後半の使い方がクリアになる
- 家族への責任を果たしたという安心感が生まれる
遺言書は、単なる“死後のための書類”ではなく、
これからの人生を前向きに生きるための整理作業でもあります。
結論
遺言書が必要かどうかは「資産額」ではなく、
家族構成・財産の種類・人間関係で決まります。
- 不動産が多い
- 事実婚・再婚・子どもなし
- 兄弟姉妹と疎遠
- 事業をしている
- 障害のある家族がいる
こうした状況がひとつでもあれば、遺言書は“必須”です。
反対に、家族構成がシンプルで関係も良好、財産も少額で預貯金のみという場合は、急いで書く必要はありません。
しかし、判断基準は人それぞれ。
迷ったときは専門家に相談しながら、自分と家族にとって最適な人生デザインを一緒に考えていくことが大切です。
遺言書は「死ぬ準備」ではなく、
“生きるための整理”として活用できる——
それが、遺言書の最も深い価値だといえます。
出典
・日本経済新聞「遺言書、今を楽しむために」(2025年12月1日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
