「高齢になると、賃貸住宅を借りにくくなる」――。
そんな声を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。日本社会は急速に高齢化が進み、独居高齢者の数はすでに900万世帯を超えています。にもかかわらず、住まいの確保という基本的な生活基盤が揺らいでいるのが現実です。
今回はまず、高齢者が賃貸住宅を借りづらい背景と現実を整理してみたいと思います。
「貸したくない」と思う大家の心理
国土交通省の調査によると、賃貸オーナーの7割が高齢者の入居に拒否感を持っているとのことです。拒否理由として多く挙げられるのは次のような懸念です。
- 孤独死のリスク
入居者が亡くなった場合、発見が遅れて室内が荒れてしまう可能性がある。原状回復に多額の費用がかかる。 - 家賃滞納のリスク
年金生活で収入が限られるため、支払い能力への不安。 - 健康上のトラブル
突発的な入院や認知症による判断力の低下で契約トラブルにつながる恐れ。 - 近隣トラブル
ごみ出しや騒音など、ちょっとしたことが近隣との摩擦になりやすい。
大家にとっては「貸す」ことが収益事業である以上、リスクを極力回避したいのが本音でしょう。そのため「若い入居者を優先する」という意識が働いてしまいます。
実際にあった「残置物」の現場
私が以前、医療・福祉関係者と一緒に独居高齢者の住まいを訪れたことがあります。急病で救急搬送され、意識が戻らず入院したままになった方の居宅でした。
玄関を開けた瞬間、鼻をつく異臭。大量の衣類や段ボールが山積みになり、床は荷物で覆い尽くされていました。片付けをする家族はおらず、部屋は荒れ放題。
このような「残置物問題」は大家にとって大きな負担となり、結果的に高齢者の入居を避ける理由になっています。
高齢者が直面する「住宅弱者」という現実
賃貸契約を断られるのは高齢者だけではありません。
- 外国人(言葉の壁や文化の違いを理由に)
- 低所得者(滞納リスクを理由に)
- シングルマザー(生活の安定性への不安を理由に)
こうした人たちは「住宅弱者」と呼ばれ、住まい探しに苦労するケースが少なくありません。
高齢者の場合、特に深刻なのは「選択肢が限られてしまう」ことです。都市部では賃貸需要が高いため、高齢者は敬遠されがち。地方では空き家が多くても、老朽化や立地条件の悪さから住める物件が少ない。結果として「どこにも住めない」という状況に追い込まれる人も出てきています。
「高齢者は持ち家があるから安心」は本当か
「高齢者の多くは持ち家だから問題ないのでは?」と思う方もいるでしょう。確かに日本は持ち家率が高く、60代以上では約8割が自宅を所有しています。
しかし、
- 相続や介護のために住み替えを余儀なくされるケース
- 老朽化によって住み続けられないケース
- 離婚や家族関係の変化で住宅を失うケース
こうした事情から、老後に賃貸住宅を探さざるを得ない高齢者は少なくありません。
また、最近では「利便性の高い都市部に移り住みたい」と考える高齢者も増えています。買い物や病院が近い場所を望むのは当然のことです。つまり、持ち家の有無にかかわらず「賃貸需要は高齢者にも確実に存在する」ということです。
社会全体に広がる影響
高齢者が住まいを得られないことは、個人の問題にとどまりません。
- 健康・介護リスクの増大
不安定な住まいは健康悪化につながりやすい。結果として医療・介護費用の増加を招く。 - 空き家問題の悪化
空き家があるのに高齢者が住めないという「ミスマッチ」。社会資源が有効に活用されていない。 - 地域コミュニティの分断
住まいの不安定さは孤立を深め、地域とのつながりを断ち切ってしまう。
住宅問題は、高齢者だけでなく社会全体の持続可能性に直結するテーマなのです。
具体的な声から見える現実
私が相談を受けた70代女性のケースをご紹介します。
長年住んでいた公営住宅を退去することになり、民間の賃貸を探しましたが、何軒も断られました。理由は「年齢が高いから」。保証人を立てても、家賃を前払いすると伝えても、首を縦に振ってもらえませんでした。
結局、福祉団体の支援を受けてなんとか入居できましたが、「自分が生きている間に引っ越し先が見つからないかもしれない」という強い不安を抱え続けたと話してくれました。
このような現実は決して特別ではありません。むしろ「明日は我が身」だと感じる方も多いのではないでしょうか。
税理士・FPの立場からの気づき
この問題を考えるとき、私は「老後の住まいの選択をライフプランに組み込む必要がある」と痛感します。
- 家計シミュレーションにおいて、家賃負担を老後の支出に計上する
- 相続や遺産整理の際には、空き家の活用や売却の選択肢を早めに検討する
- 保証人をどう確保するか、家族信託や後見制度を組み合わせる
これらを考えておくことは、将来の「住まい不安」を軽減する大きな一歩になります。
まとめ
高齢者が賃貸住宅を借りづらいのは、
- 孤独死や滞納などに対する大家の不安
- 残置物問題や契約トラブルの懸念
- 空き家とのマッチングが進まない現状
といった複合的な要因によるものです。
社会が高齢化していく中で、この問題はますます表面化していきます。
次回は、こうした課題に対応するために改正される「住宅セーフティネット法」の仕組みと改正ポイントを解説します。
📌参考:日本経済新聞「改正住宅セーフティネット法施行」(2025年9月14日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

