積極財政が現実の経済政策として動き出した2025年、
税務・会計の現場は静かに大きな変化を迎えています。
財政拡張に伴う支出拡大、防衛・公共投資の拡充、租税特別措置の再構築――。
いずれも政府全体の成長戦略と連動し、企業会計や税務申告に直接的な影響を及ぼします。
この「積極財政時代」における税務戦略の要点は、
政策の意図を読み、制度変化を経営判断に落とし込むことです。
本ハンドブックでは、税理士・経理責任者・経営層が押さえておくべき
5つの実務テーマを整理します。
第1章 租税特別措置の再設計に備える実務
1. 改正方向の理解
2025年度税制改正では、租税特別措置の「棚卸し」が中心課題です。
特に、研究開発税制・賃上げ促進税制の適用要件が厳格化され、
「成果と波及効果を伴う投資のみが対象」になる見通しです。
2. 実務対応ポイント
- 適用検討時には、支出目的・成果指標(KPI)を明確化
- 控除率・上限の変更を前提に、中期的なシミュレーションを作成
- 既存の租特活用企業は、制度終了リスクを含めた投資判断を要検討
3. 税務調査対応
租特の適用にあたっては、「要件書類の整備状況」が重点確認項目です。
研究開発費・人件費・設備投資の定義を社内ルール化し、
国税庁通達との整合性を確保しておくことが重要です。
第2章 防衛・公共関連投資に伴う税務留意点
1. 政府調達・補助金収入の取扱い
防衛・公共事業に関連する企業では、国・自治体との契約が増加しています。
補助金や委託費は、会計上「収益の認識時期」と税務上の「益金算入時期」が異なる場合があります。
実務の留意点
- 補助金交付決定時と入金時のタイミング差を把握
- 国庫補助金等で取得した資産は「圧縮記帳」の可否を判定
- 防衛装備等に関する長期契約は「進行基準」を検討
2. 減価償却・特別償却の検討
積極財政下では、特定分野(防衛関連機械・エネルギー設備など)への
特別償却・税額控除制度の延長・新設が想定されます。
対象設備の要件(新設・用途・耐用年数)を精査し、
申告書別表の明細整備を徹底する必要があります。
第3章 インフレ・金利上昇局面での財務・税務戦略
1. 金利上昇と法人税負担の関係
金利上昇は、借入金利負担の増加だけでなく、
利息支払制限ルール(過少資本税制・EBITDA基準)に影響します。
財務比率の変化を踏まえ、支払利息と受取利息のバランスを定期点検することが重要です。
2. インフレ環境での資産計上・在庫評価
物価上昇局面では、棚卸資産・有価証券の評価方法によって課税所得が変動します。
評価損益の時期帰属を適切に管理し、
「評価差額の一時的な増益」を見誤らない税務判断が必要です。
3. 現預金偏重からの脱却
積極財政下では、企業が現預金を溜め込むよりも、
投資・賃上げ・研究開発に回す方が税制上有利になる傾向があります。
経営判断として「内部留保の使い方」を税制と連動させる視点が求められます。
第4章 人材・賃上げ関連税制の再構成と実務対応
1. 人的資本投資税制(仮称)への対応準備
新たに検討されている「人的資本投資税制」は、
単年度の賃上げではなく、教育訓練・資格取得・キャリア形成支出を対象とする方向です。
実務準備のポイント
- 教育訓練費の定義と支出証憑を明確化
- 人件費分類の会計方針を統一
- 経費化・資産計上の判断を税務上も整合させる
2. 中小企業の実務負担軽減策
中小企業では、控除制度を利用しきれないケースが多いため、
税額控除の繰越期間延長や簡易適用方式が議論されています。
適用漏れ防止のため、年末調整・給与支払報告書との突合を行うことが効果的です。
第5章 補助金・交付金と課税の整理
積極財政下では、各省庁の補助金・助成金が拡大しています。
税務上は、補助金の性質によって課税・非課税の取扱いが異なります。
| 補助金の種類 | 税務上の取扱い | 会計処理上の取扱い |
|---|---|---|
| 設備導入補助金 | 圧縮記帳可 | 固定資産取得原価の控除 |
| 雇用維持助成金 | 益金算入 | 人件費の補填として収益認識 |
| 研究助成金 | 益金算入 | 研究費補填として雑収入処理 |
| 災害復旧補助金 | 非課税(一定要件) | 特別利益または圧縮記帳 |
補助金の課税関係は「交付目的」と「支出対応関係」によって判断されます。
国・自治体による交付決定通知を必ず保存し、
会計方針と整合させておくことが、後の税務調査対策にもなります。
第6章 政策・制度改正の情報収集と実務連携
積極財政のもとでは、税制・補助金・金融支援が短期間で変更されます。
現場対応としては、以下の3つを継続的に実践することが推奨されます。
- 財務省・経産省・国税庁の要望・通達情報の定期確認
- 顧問先や支援先への政策速報の共有体制
- AIツール・デジタル会計システムによる制度マッピングの活用
政策を単なるニュースとしてでなく、「実務計画の前提」として扱うことで、
税理士事務所・経理部門の競争力は大きく高まります。
結論 ― 税務は「制度」から「政策」へ
積極財政時代の税務戦略とは、制度の適用にとどまらず、政策の方向を読むことです。
税理士・会計人は、政策の設計思想を理解し、企業にとって最適な投資・支出・節税構造を構築する役割を担います。
これからの税務は、申告の精度だけでなく、政策適合性の提案力が問われます。
積極財政が進む今こそ、数字の先にある政策目的を読み解く専門家としての力量が試される時代です。
出典
・財務省「令和7年度税制改正要望主要項目」
・日本経済新聞「日経平均初の5万2000円台 高市相場、10月上げ最大」(2025年11月1日)
・国税庁「法人税基本通達・租税特別措置法通達」
・経済産業省「中小企業政策審議会 報告(2025年)」
・内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2025」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

