積極財政時代の税務戦略ハンドブック 第2巻:賃上げ・人的資本・インフレ対応編

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積極財政の中心テーマが、防衛や公共投資から「人」へと移りつつあります。
2025年度税制改正では、賃上げ促進税制の再構築とともに、
「人的資本投資税制(仮称)」の創設が議論されています。

同時に、物価上昇率は3%台に達し、
企業の利益計算・給与調整・会計評価にも影響を及ぼし始めています。

本巻では、積極財政下での労務・インフレ対応を中心に、
税務・会計・経営戦略を一体的に考えるための実務ポイントを整理します。


第1章 賃上げ促進税制の再構築 ― 「率」から「構造」へ

1. 改正の方向性

これまでの賃上げ促進税制は「前年より○%賃上げ」という率重視型でした。
2025年度以降は、次のような構造的改革が予定されています。

  • 単年度基準から複数年基準へ(3年平均賃上げ率で判断)
  • 教育・訓練支出の併用要件化(単純な給与増だけでは控除不可)
  • 人的資本開示との連動(人的投資の内容を可視化)

つまり、賃上げそのものよりも、
「人材投資の持続性」を評価する制度へと転換が進みます。

2. 実務対応ポイント

  • 従業員区分(正社員・契約・パート)の給与支給データを正確に分類
  • 教育訓練費の定義(外部研修・資格取得・AI教育等)を社内で統一
  • 源泉徴収簿・給与台帳・賃金台帳を税務と労務の共通資料として整備

3. 税務調査リスク

税務署では、賃上げ税制の「算定基礎誤り」や「対象外人員の含み込み」が重点確認項目です。
労務担当と経理担当の情報連携が不十分な企業ほど誤りが生じやすく、
社内での賃金データ統合管理が不可欠です。


第2章 人的資本投資税制(仮称)の設計と実務影響

1. 新制度の概要(構想段階)

人的資本投資税制は、教育訓練・リスキリング・キャリア形成支援などの費用を
一定割合で税額控除できる制度として検討されています。

対象支出の例

  • 社内教育費(外部研修・通信教育・講師謝礼)
  • DX人材育成・AI教育費
  • 資格取得支援・キャリアアップ助成金の企業負担分

2. 実務留意点

  • 人的投資費用を「福利厚生費」か「教育研修費」かで仕訳を明確に。
  • 間接費(会場費・教材費)を含む場合は、控除対象範囲を確認。
  • 助成金併用時は補助金課税・圧縮記帳の可否を検討。

人的資本税制は「労務・会計・税務の接点」を生み出す分野であり、
人事部門と経理部門の共同設計が求められます。


第3章 インフレ下の会計・税務実務 ― 「名目利益」に惑わされない

1. 名目利益と実質利益の乖離

物価上昇により、売上増加があっても実質的な利益は増えていないケースが増えています。
税務では、名目ベースでの益金計上が続くため、実質利益より課税負担が先行しやすくなります。

2. 実務上の対応策

  • 在庫評価の適正化:原価上昇分を加味し、評価損益を期中管理。
  • 減価償却の前倒し:インフレ下では、早期償却による課税繰延べが有効。
  • 価格転嫁計画の文書化:税務調査での説明責任に対応。

3. インフレ会計の萌芽

国際的には「インフレ会計」の導入議論も再燃しています。
日本基準では未採用ながら、税理士・経理担当者は実質利益管理の視点を持つことが重要です。


第4章 賃上げ・インフレ・財政のトライアングル

積極財政下では、「賃上げ→消費→税収→財政余力→賃上げ」の循環が期待されています。
しかし、物価上昇が賃金上昇を上回る場合、この循環は崩れます。

要素政策効果税務・会計への影響
賃上げ可処分所得増、消費拡大給与・社会保険料・源泉税増
インフレ企業収益増、コスト上昇在庫・減価償却の評価差異
財政税収増、再分配財源税率・租特の再調整

このトライアングルを維持する鍵は、
「名目」ではなく「実質」ベースでの給与と利益の設計にあります。


第5章 人的資本開示と税務の接続

上場企業を中心に、人的資本開示が義務化されつつあります。
「人材投資額」「離職率」「教育訓練時間」などの指標は、
税制上の人的資本投資控除と連動する可能性が高まっています。

実務対応ポイント

  • 開示資料(統合報告書)と申告資料(別表)の整合性を保つ。
  • 教育訓練費の算定根拠を社内文書で明確化。
  • 顧問税理士が「非財務情報の監査的レビュー」に関与する体制を整備。

この分野は、税務・会計・開示の統合的支援を担う新しい実務領域といえます。


第6章 賃上げ税制・人的投資税制チェックリスト

実務チェック項目(抜粋)

区分確認事項
賃上げ税制対象者範囲・賃金上昇率の算出根拠・源泉台帳保存
教育訓練費支出内容・社外講師費用・教材費の範囲確認
助成金併用助成金交付決定書の保管・課税処理の明確化
人的資本開示開示データと税務計算の整合性
インフレ対応棚卸資産評価法・減価償却方針の見直し

これらの項目を年度ごとに点検し、
労務・税務の連携会議を定例化することで、制度改正への耐性が高まります。


結論 ― 「人」と「物価」を軸にした新しい税務経営へ

積極財政時代の本質は、「財政で人を支え、税制で人を伸ばす」政策転換です。
賃上げ促進税制・人的資本投資税制は、その理念を企業経営へ落とし込むツールです。

インフレ環境下では、名目の数字だけを追う税務ではなく、
実質的な利益・賃金・投資のバランスを分析する力が求められます。

税理士・経理人事担当者が協働し、
政策・労務・税務をつなぐ実務のハブとして機能すること。
それが、「積極財政時代」を乗り越える新しい税務経営のあり方です。


出典
・財務省「令和7年度税制改正要望主要項目」
・厚生労働省「賃上げ促進税制の見直しに関する検討資料(2025)」
・経済産業省「人的資本投資税制 構想資料(案)」
・総務省「消費者物価指数(2025年9月)」
・日本経済新聞「日経平均初の5万2000円台 高市相場、10月上げ最大」(2025年11月1日)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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