2025年秋、日本経済は久々に「政策が株価を動かす局面」を迎えています。
高市政権のもとで進む積極財政路線は、防衛・公共・成長投資を通じて経済を押し上げ、日経平均株価を史上初の5万2000円台へと導きました。
しかし、積極財政は万能の成長戦略ではありません。
その持続には、「インフレ」「金利」「財源」という三つの要素が均衡して初めて成立します。
本稿では、この三要素の相互関係を整理し、政策の持続性をどう確保するかを考えます。
1.インフレ ― 成長と負担のバランスをどう取るか
積極財政の第一の目的は、需要喚起による成長の加速です。
公共投資・防衛支出・賃上げ支援などによって需要が拡大すれば、一定のインフレ圧力が生まれます。
2025年秋の消費者物価上昇率(CPI)は前年比3.2%と、日銀の目標をやや上回る水準で推移しています。
このインフレを「景気拡大の証」と捉えるか、「家計への負担増」と捉えるかで、政策の評価は大きく異なります。
財政支出が価格転嫁を通じて実質所得を押し下げるようになると、政策効果が減退し、悪いインフレへ転じる可能性もあります。
そのため、積極財政には賃金と物価の均衡を保つ構造的な仕組みが不可欠です。
賃上げ促進税制の再構築や、人的資本投資税制の創設は、その均衡を保つ装置として位置づけられます。
2.金利 ― 国債市場との緊張関係
財政拡張の副作用として最も懸念されるのが、長期金利の上昇です。
国債発行が増えれば、市場は将来のインフレや財政不安を織り込み、金利が上昇しやすくなります。
実際、日銀の金融政策決定会合後には10年物国債利回りが1.25%に上昇し、
過去10年で最も高い水準をつけました。
とはいえ、金利上昇が直ちに悪影響を及ぼすわけではありません。
設備投資や賃金上昇を伴う「良い金利上昇」であれば、企業の将来収益を裏付ける形で株価も維持されます。
課題は、金利上昇が財政負担をどの程度増やすかです。
仮に金利が1%上昇すれば、国債費は年3兆円程度増えるとされます。
そのため、日銀と財務省の政策協調が鍵を握ります。
金融緩和を維持しつつ、財政支出を成長分野に集中させる「政策配分の精度」が問われています。
3.財源 ― 「増税か、成長か」の二択を超えて
積極財政を持続させるには、財源確保が最大の課題です。
防衛・社会保障・エネルギー投資などを合わせた中期的支出拡大は、年15兆円規模にのぼると推計されています。
この財源をどう確保するかで、与野党の議論が分かれています。
財務省は、
- 租税特別措置の縮減(第2回参照)
- 高所得者層への課税強化
- 金融所得課税の見直し
などを財源候補としています。
一方で高市政権は、「増税なき財政拡大」を掲げ、税収増を成長の成果として確保する戦略を取っています。
実際、企業収益の拡大と株高により、2025年度上半期の法人税収は前年同期比9%増となりました。
このように、成長を通じた税収増(ビルトイン・スタビライザー)を活用できれば、
短期的な赤字拡大を容認しても中期的に財政を回収できる可能性があります。
4.トライアングルの均衡 ― 政策調整の要点
「インフレ」「金利」「財源」は、それぞれが独立しているようでいて、実際には連動しています。
| 要素 | 政策拡張による効果 | 制御の鍵 |
|---|---|---|
| インフレ | 成長加速・実質所得変動 | 賃上げと物価の均衡 |
| 金利 | 国債費・投資コスト増 | 金融政策との協調 |
| 財源 | 財政余力・信認維持 | 租特・税制の再設計 |
この3つのバランスを保つことが、積極財政の持続条件です。
過去には、インフレ抑制を優先して財政を絞り込み、景気回復を遅らせた例(1990年代後半)もあります。
今回は逆に、緩和と拡張の同時進行をどこで止めるかが最大の課題です。
5.税理士・経済実務家が果たす役割
こうした政策環境のもとで、税理士・経済実務家に求められるのは、
単なる「税制解説者」ではなく、政策の波及を可視化する専門家としての役割です。
- 防衛・公共投資による需要の地域分布を把握
- 租特縮小に伴う企業キャッシュフローの変化を試算
- 金利上昇が設備投資減価償却や借入金利負担に与える影響を分析
財政・金利・税制を「トライアングル」で捉える視点は、
企業経営支援にも不可欠な実務スキルとなります。
結論
積極財政は、短期的には経済を押し上げ、株価を刺激します。
しかし、その持続には、インフレの制御、金利の安定、財源の確保という三位一体の均衡が欠かせません。
これらの調整を誤れば、成長の果実が負担に転じかねません。
高市政権が掲げる「強い経済」の真価は、このバランスをどこまで制度的に設計できるかにかかっています。
税理士・会計人にとっても、財政・金融・税制を横断的に理解することが、
「積極財政時代の実務対応力」を左右する時代に入ったといえるでしょう。
出典
・日本経済新聞「日経平均初の5万2000円台 高市相場、10月上げ最大」(2025年11月1日)
・財務省「令和7年度財政試算」
・日本銀行「金融政策決定会合 議事要旨(2025年10月)」
・内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2025」
・総務省統計局「消費者物価指数(2025年9月)」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
