「責任ある積極財政」を掲げる高市政権のもとで、政府は成長と分配を両立させるための新たな財政構造を模索しています。
その核心にあるのが、「租税特別措置(租特)依存」からの脱却です。
研究開発や賃上げを後押ししてきた租特は、これまで日本の産業政策を支えてきた一方、制度の複雑化と効果の不透明さが指摘されてきました。
本稿では、積極財政の実効性を高めるための財源改革と、租特見直しの本質を考えます。
1. 租税特別措置の膨張と限界
租税特別措置(租特)は、本来「特定の政策目的を実現するための一時的な減税措置」として設けられたものでした。
しかし現在では、全373項目・減収額2.9兆円(2023年度) にまで拡大しています。
延長を繰り返すうちに、目的を果たしたにもかかわらず恒常化している制度も多く、もはや「政策インセンティブ」というよりも「業界慣行」に近い性格を帯びています。
特に法人向け租特は大企業中心に適用が集中し、結果として中小企業や新興産業には恩恵が届きにくい構造が続いています。
このような“租特依存体質”は、財政の柔軟性を損ない、成長分野への重点投資を難しくしています。
2. 「積極財政」とは“選択的な再配分”である
高市政権の積極財政は、いわゆる「財政出動」や「バラマキ」とは異なります。
むしろ、既存支出の構造を入れ替え、効果の高い分野に再配分するという考え方に近いものです。
たとえば、AI・宇宙・量子技術・エネルギー転換などの戦略分野への投資拡大と同時に、効果の薄れた減税措置を整理する。
そのうえで、浮いた財源を「給付付き税額控除」など家計支援や人への投資に振り向ける。
こうした流れが「責任ある積極財政」の核心にあります。
つまり、積極財政とは単なる支出拡大ではなく、「財源の再構築を伴う戦略的再配分」なのです。
3. 財務省の意図 ― “見える化”による制度整理
財務省が進める租特総点検では、各制度の効果をデータで示す「見える化」を重視しています。
実際、2024年度の報告書では、研究開発税制の適用企業における研究開発費の伸び率が減税額と連動していない点や、賃上げ促進税制が中小企業中心に効果が限定されている点を明示しました。
背景には、「政策減税が目的化している」という問題意識があります。
減税を受けること自体が目的化すれば、企業行動を変える力を失い、単なる補助金的性格に変質します。
これを防ぐには、制度効果を検証し、目的・対象・期間を明確にする“サンセット方式”(期限付き設計)を徹底する必要があります。
4. 経産省の立場 ― 「脱租特」ではなく「再設計」を
一方、経済産業省は「租特依存からの脱却」そのものには賛同しつつも、急激な縮小には慎重です。
AI、宇宙、グリーン、医療などの分野は民間投資のリスクが高く、租特による後押しが依然として重要だと指摘しています。
経産省の主張は、「租特の削減」ではなく「租特の再設計」。
制度の数を減らしつつ、成長領域に絞って集中的に支援する方向です。
この考え方は、高市政権の「責任ある積極財政」の理念とも整合します。
問題は「どこまで切り、どこに残すか」という政策判断のバランスにあります。
5. “租特依存”を超える財源改革
租特の見直しは単なる制度整理ではなく、財源再構築の出発点でもあります。
高市政権が掲げる「税と社会保障の一体改革」では、所得に応じた給付付き税額控除や、社会保険料の負担調整などを組み合わせる設計が検討されています。
その財源を確保するには、従来の「企業減税」に偏った構造を改め、家計支援・人的投資へと財源をシフトする必要があります。
また、デジタル経済・カーボン税・金融所得課税など、時代に即した新たな税源開拓も避けて通れません。
租特に依存した財政構造を再設計し、「減税による成長」から「投資による成長」へ――それが財源改革の最終目標といえるでしょう。
結論
租税特別措置の見直しは、単なる「減税整理」ではありません。
それは、財政の使い方を問い直すことであり、日本経済の優先順位を再構築する作業です。
積極財政を掲げるならば、同時にその財源をどう確保し、どこに使うのかを明確にしなければなりません。
租特依存からの脱却とは、成長と分配を同時に達成するための「財政構造改革」そのものです。
次の焦点は、これらの見直しがどこまで給付付き税額控除や所得再分配と連動するか――年末の税制改正大綱が、その方向性を示すことになります。
出典
・日本経済新聞「企業向け政策減税、省庁が改廃巡り論戦」(2025年10月31日)
・財務省「租税特別措置に関する報告書(令和6年度)」
・経済産業省「研究開発税制・賃上げ促進税制の効果検証報告(令和6年版)」
・内閣府「税と社会保障の一体改革に関する論点整理(2025年10月)」
・OECD「Tax Expenditures in the 21st Century」(2024年)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
