税制は税収を確保する仕組みであると同時に、政策目的を実現するための手段としても活用されています。その代表例が租税特別措置です。
法人税の世界では、研究開発投資の促進や設備投資の促進、雇用の拡大、賃上げの促進など、さまざまな政策目的を実現するために税負担を軽減する制度が設けられています。こうした制度は企業行動を誘導する役割を持っています。
もっとも、これらの制度が実際にどの程度利用されているのかは、普段の税務実務の中では意外と見えにくいものです。
財務省は毎年、租税特別措置の利用状況をまとめた「租税特別措置の適用実態調査」を公表しています。令和6年度の報告書からは、賃上げ促進税制の利用拡大や政策税制の設計上の課題など、いくつかの興味深い傾向が見えてきます。
本稿では、この調査結果を手がかりに、租税特別措置の現状について整理してみます。
租税特別措置の利用は13年連続で増加しています
令和6年度の租税特別措置の適用実態調査によると、法人税関係の租税特別措置の利用は引き続き増加しています。
法人税の租税特別措置を適用する場合、企業は法人税申告書に「適用額明細書」を添付する必要があります。この提出状況は次のとおりです。
・適用額明細書提出法人
151万7466法人(前年度比2.3%増)
・租税特別措置の適用件数
251万3286件(前年度比3.9%増)
いずれの数値も、調査結果の公表が始まった平成23年以降、13年連続で増加しています。
この結果は、租税特別措置が企業活動の中で広く利用されている制度であることを示しています。租税特別措置は例外的な税制として位置付けられていますが、実際には企業の税務実務の中で重要な役割を果たしているといえるでしょう。
賃上げ促進税制の適用が大きく増えています
今回の報告書で特に注目されるのが、賃上げ促進税制の利用拡大です。
正式には「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除」と呼ばれる制度で、企業が給与総額を増やした場合に法人税額を控除できる仕組みです。
令和6年度の結果では、
・適用件数
前年比15.6%増
・適用額
前年比31.4%増
と大きく増加しています。
日本では長年、賃金の伸び悩みが経済政策上の課題とされてきました。政府は企業の賃上げを促すため、税制を通じたインセンティブを設けています。
今回の結果は、この税制が一定程度利用されていることを示しているといえるでしょう。
ただし制度は縮小される予定です
もっとも、この賃上げ促進税制は今後見直しが予定されています。
令和8年度税制改正法案では、
・大企業向け制度を令和7年度末で廃止
・教育訓練費の増加に伴う上乗せ措置を廃止
することが盛り込まれています。
そのため、令和7年度以降は制度の対象範囲が縮小し、適用件数や適用額が減少する可能性があります。
政策税制は特定の政策目的を実現するための時限的な措置として設けられることが多く、経済状況や政策判断によって見直しが行われます。賃上げ促進税制もその例といえるでしょう。
利用されていない制度も存在します
租税特別措置の適用実態を見ると、利用が増えている制度がある一方で、ほとんど利用されていない制度も存在します。
令和6年度から新たに適用が始まった次の制度は、いずれも適用件数がゼロでした。
・産業競争力基盤強化商品生産用資産の税額控除
・生産方式革新事業活動用資産の特別償却
また、令和3年度税制改正で創設された
特定投資運用業者の役員に対する業績連動給与の損金算入特例
も、制度創設から現在まで適用実績が一件もありません。
この制度は令和8年度税制改正大綱において廃止されることが決まっており、結果として利用実績がないまま終了する可能性があります。
制度が設けられても、実務の現場で利用されるとは限らないという点は、政策税制の難しさを示しているといえるでしょう。
租税特別措置の透明化という新しい議論
今回の税制改正大綱では、租税特別措置の透明化に関する議論も提示されています。
諸外国では、税制優遇を受けている企業名を公表する仕組みが整備されている例があります。これを踏まえ、日本でも租税特別措置の適用企業名の公表について検討が進められることになりました。
現行制度では、
・適用額の上位企業
・制度ごとの適用総額
などは公表されていますが、企業名は伏せられています。
もし企業名が公表される仕組みが導入されれば、税制優遇の透明性は高まる可能性があります。一方で、企業が制度利用をためらう可能性も指摘されています。
税制優遇は政策手段であると同時に、公的資源の配分でもあります。この問題は今後の税制設計の重要な論点となるでしょう。
結論
令和6年度の租税特別措置の適用実態調査からは、いくつかの特徴が見えてきます。
第一に、租税特別措置の利用は長期的に増加しており、日本の税制において重要な役割を果たしていることです。
第二に、賃上げ促進税制のように政策目的に沿って利用が拡大している制度が存在することです。
第三に、制度が創設されても実際には利用されない租税特別措置があるという点です。
租税特別措置は政策目的を実現するための重要な制度ですが、その効果や公平性については常に検証が求められます。今後の税制改正では、制度の透明性や政策効果の検証がより重要になっていくと考えられます。
参考
税のしるべ 2026年3月2日
「6年度の租特適用実態を公表、賃上げ促進税制の適用件数が大幅増」
