2025年度の税制改正論議では、「積極財政」を実効あるものにするための租税特別措置(租特)の見直しが焦点となっています。
租特はこれまで、研究開発・賃上げ・投資促進などを支援する目的で拡充されてきましたが、政策効果や公平性の観点から見直しが求められています。
とくに、財源確保と政策効果の両立という観点で、政府・与党・財務省のスタンスが大きく変化しつつあります。
1.「租特依存」からの脱却 ― 財政再設計の出発点
租税特別措置は、本来は「特定の政策目的を達成するための例外措置」ですが、現実には企業減税の恒久化が進み、国の税収構造をゆがめる要因となってきました。
財務省の試算によると、法人税に関する租特の控除総額は年間5兆円を超え、税収全体の1割近くを占めています。
高市政権の掲げる「積極財政」は、財政拡張と同時に財源の再構成を重視しています。その中で、「効果の薄い租特を廃止し、成長投資に資源を再配分する」という考え方が強まっています。
つまり、「減税による支援」から「直接投資による支援」へ、政策の主軸を移す転換点にあるといえます。
2.見直しの焦点①:研究開発減税の再構築
最も注目されるのが研究開発税制の再設計です。
AI、半導体、グリーン技術などの分野で投資を促すための制度として長年活用されてきましたが、「恩恵が大企業に集中している」との批判があります。
2025年度改正では、以下のような方向性が議論されています。
- 技術革新の社会的効果(カーボンニュートラル、AI人材育成など)を条件とした選択的減税へ転換
- 大企業・中小企業で異なる税額控除上限を設定し、分配の公平性を確保
- 成果指標(KPI)を導入し、効果の検証を義務付け
この見直しにより、研究開発減税は単なる「税優遇」から「成果志向の政策ツール」へと変わる可能性があります。
3.見直しの焦点②:賃上げ促進税制の実効性
賃上げ促進税制も、効果の検証と再設計が求められています。
これまで「賃上げ率○%」を達成した企業に税額控除を認める仕組みでしたが、
中小企業では賃上げ原資の確保が難しく、利用率が2割未満という指摘もあります。
今後は、単年度の賃上げではなく、継続的な所得成長や人材投資に着目した税制への転換が検討されています。
たとえば、人材育成支出・職業訓練費用・資格取得費などを対象に含める案が浮上しており、
「人的資本投資税制」として新たな枠組みが形成される可能性があります。
4.企業投資への波及 ― 税務と財務の両面から
税制改正は単に税額の増減にとどまらず、企業の資本配分と財務戦略に直接影響します。
租特の縮小は、次のような再編を促す可能性があります。
- 減税依存からの脱却:税優遇を前提とした投資計画を見直し、実需や収益性に基づく投資判断へ転換。
- 内部留保の活用促進:税制優遇が減る一方で、自己資本を成長投資に回す動きが加速。
- 非財務指標の重視:サステナ投資・人的資本開示など、「税制では評価されない投資」が企業価値の判断基準となる。
税理士としては、これらの流れを踏まえ、税務戦略と経営戦略を一体化して助言できる体制が求められます。
5.「財源としての租特」から「成長投資の選別装置」へ
租税特別措置を廃止することは、単に財源を増やす手段ではありません。
むしろ、「どの分野に国家がリスクを取るのか」を明示する政策選別のツールです。
2025年度改正は、積極財政の下での最初の「再配分テスト」と位置づけられます。
防衛・エネルギー・AI・医療といった成長分野に資金を誘導する仕組みとして、租特は“選択的優遇”型に再構築される可能性が高いでしょう。
この転換は、財政健全化と成長促進を両立させるための新しいバランスモデルといえます。
結論
租税特別措置の再設計は、税務の技術論にとどまらず、経済政策全体の再構築につながる重要なテーマです。
高市政権の掲げる「積極財政」が持続的に機能するためには、減税の質の見直しと投資の選別性が不可欠です。
税理士としては、租特の改正動向を注視しつつ、顧問先企業の投資・人材・財務戦略に対する助言をアップデートしていくことが求められます。
出典
・日本経済新聞「日経平均初の5万2000円台 高市相場、10月上げ最大」(2025年11月1日)
・財務省「令和7年度税制改正要望主要項目」
・内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2025」
・日本商工会議所「中小企業における租税特別措置の利用実態調査(2024)」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
