税制特例は、税負担を軽減する制度です。表面上は「減税」に見えますが、別の角度から見ると、それは財政支出と同じ機能を持っています。
この考え方を整理した概念が「租税支出(Tax Expenditure)」です。
本稿では、租税支出という視点から、税制特例の意味と課題を整理します。
租税支出とは何か
租税支出とは、本来の税制の標準的な課税構造から逸脱し、特定の目的のために税負担を軽減することにより、政府が実質的に支出を行っているとみなす考え方です。
例えば、
- 税額控除
- 特別償却
- 課税の繰延べ
- 軽減税率
などは、一定の政策目的を達成するために税収を減少させます。
もし同じ効果を予算で実現すれば、それは補助金や給付金として計上されます。税制で行えば歳出としては見えませんが、財政的効果は同じです。
この「見えない歳出」を可視化する概念が租税支出です。
なぜ租税支出という概念が重要か
租税支出という視点が重要なのは、財政の透明性と政策評価の観点からです。
1.財政規模の正確な把握
特例による減収は、一般会計の歳出には計上されません。しかし実質的には財政資源の配分です。
租税支出として把握することで、補助金などの歳出と同列に比較することが可能になります。
2.政策効果の検証
補助金であれば、予算審議や執行状況のチェックが行われます。租税支出も同様に、効果検証が求められるべきです。
適用件数や減収額を把握しなければ、政策の妥当性は判断できません。
3.公平性の確保
税制特例は特定の分野や主体に恩恵を与えます。その影響は、他の納税者との負担の公平性に関わります。
租税支出として位置付けることで、その公平性の検証が可能になります。
租税支出の規模と実態
日本でも、財務省が租税特別措置による減収額を試算しています。
研究開発税制や住宅関連特例などは、相当規模の減収を伴います。これらは、補助金に匹敵する政策的インパクトを持ちます。
しかし、租税支出は歳出予算ほど注目されにくい傾向があります。国会審議でも、予算案ほど詳細な議論が行われないことがあります。
そのため、租税支出は「静かに膨らむ」性質を持ちます。
租税支出と税制の中立性
税制の原則の一つは中立性です。経済活動に対して過度な誘導を行わないことが望ましいとされます。
租税支出は、政策目的のために中立性を部分的に放棄する仕組みです。
これは否定されるべきものではありません。産業育成や社会政策の観点から、一定の誘導は必要です。
しかし、誘導が過度になれば、税体系が複雑化し、負担の公平性が損なわれます。
租税支出の拡大は、税制の基本構造を変質させる可能性もあります。
租税支出と本則化の関係
長期にわたり延長される特例は、事実上の恒久措置となります。
租税支出という視点から見れば、それは恒常的な財政支出と同じです。
本則化するのか、予算措置へ転換するのか、縮小するのか。この判断には、租税支出としての規模と効果の分析が不可欠です。
特例の延長は、単なる技術的な判断ではなく、財政資源配分の意思決定です。
今後の税制議論への示唆
令和8年度税制改正を含め、多くの特例が延長や見直しの対象となります。
租税支出という概念を踏まえれば、次の視点が重要になります。
- 減収規模は妥当か
- 政策効果は確認されているか
- 他の政策手段との比較は行われているか
税制改正は「減税か否か」という表面的な議論だけでなく、財政資源の再配分という本質的な議論でもあります。
結論
租税支出とは、税制特例を実質的な財政支出として捉える概念です。
この視点を持つことで、税制特例の規模、効果、公平性をより客観的に評価することが可能になります。
税制は徴税の仕組みであると同時に、政策の道具でもあります。だからこそ、租税支出という観点から特例を検証することが、税体系の健全性を保つ上で重要です。
税制改正を読む際には、「減税」という言葉の背後にある財政資源の配分構造を見ることが求められます。
参考
・財務省「租税特別措置の適用実態調査結果」各年度
・令和8年度税制改正大綱(与党税制調査会、2025年12月公表)
・OECD Tax Expenditure Reports
