研究開発税制の減税額が初めて1兆円を超えました。数字のインパクトは大きい一方で、中小企業の立場から見ると「そもそも使えていない」「使えるが効果が薄い」という声も少なくありません。
研究開発税制は、設計上は研究開発投資を後押しする制度です。しかし実務の現場では、企業規模によって効き方が変わります。本稿では、制度の構造を整理したうえで、中小企業にとって効く場面と効きにくい場面を分けて考えます。
研究開発税制の基本構造は「税額控除」
研究開発税制は、試験研究費に応じて法人税額から一定額を差し引く税額控除です。課税所得を減らす仕組みではなく、税額そのものを直接減らすため、利益が出て法人税が発生している会社ほど効果が見えやすい制度です。
ここが、中小企業で「効かない」と感じやすい最大の理由につながります。
中小企業に効きにくい理由1 赤字だと税額控除が働かない
中小企業は、景気や価格転嫁の状況によって利益がぶれやすく、赤字年度も珍しくありません。税額控除は、原則として法人税が発生していることが前提になるため、赤字で法人税がゼロに近い場合、控除の出番が少なくなります。
結果として、研究開発に取り組んでいても、税負担軽減としての手応えが弱い年が出ます。ここは制度の性格上、避けにくい論点です。
中小企業に効きにくい理由2 試験研究費の定義と線引きが難しい
研究開発税制では、費用が「試験研究費」に該当する必要があります。
しかし中小企業の研究開発は、いわゆる白衣の研究所型だけではありません。現場改善、試作品、顧客要望を受けた改良、工程変更、品質不具合の再発防止など、日常業務と混ざりやすい活動が多いのが実態です。
このとき問題になるのが「どこまでが研究で、どこからが製造・改良・保守なのか」という線引きです。線引きが曖昧なまま計上すると、制度適用の可否が不安定になります。中小企業ほど、専任の税務担当や技術管理体制が薄く、この整理コストが重く感じられます。
中小企業に効きにくい理由3 証拠と社内手続きが不足しやすい
税額控除は「申告書に書けば終わり」ではありません。制度の前提として、研究開発の内容、体制、費用の集計根拠が説明できる状態にしておく必要があります。
中小企業でよく起きるのは、次のような実務ギャップです。
- テーマの開始・終了が文書化されていない
- 工数(誰が何時間関与したか)の記録がない
- 原材料や外注費の研究分が区分されていない
- 研究成果が仕様書・試験記録として残っていない
この状態でも研究開発そのものは行われていますが、税務上は「費用の根拠が弱い」形になります。結果として、制度適用を見送るか、適用しても慎重な水準に抑えるか、という判断になりがちです。
それでも中小企業に「効く」ケース
中小企業にとって研究開発税制が効く条件は、突き詰めると次の二つです。
1つ目は、利益が出ており、法人税が一定程度発生していることです。税額控除は、税額があって初めて効きます。利益が出る見込みの年度に研究開発費が集中する場合、効果が見えやすくなります。
2つ目は、研究開発費の区分と証拠が整っていることです。これは大がかりな仕組みでなくても構いません。中小企業向けには、最低限の運用で形にすることが現実的です。
中小企業向け 実務で「効く形」に近づける整え方
中小企業が研究開発税制を現実的に活用するには、研究開発の実態を、税務で説明できる形に翻訳していく作業がポイントになります。具体的には、次の順番が安全です。
1 研究テーマの棚卸しをする
まず、社内で「研究開発っぽい活動」をすべて列挙します。新製品、材料置換、耐久性改善、歩留まり向上、ソフトウェア改修、AI活用、製造条件の最適化など、名前に研究が付かなくても構いません。
2 研究と通常業務を分けるルールを決める
境界線は会社ごとに異なります。重要なのは、毎年同じルールで分けることです。後から都合よく動くと説明が弱くなります。
3 工数と費用の集計方法を簡易化する
完璧な工数管理は続きません。例えば、研究に関与した人を限定し、研究日報を週1でまとめる、テーマごとに費用科目を作る、外注は発注書にテーマ名を入れる、など「続く仕組み」に落とすことが重要です。
4 成果物を残す
試験計画、テスト結果、仕様変更履歴、試作写真の保存など、成果が分かるものを残します。税務上の説明力は、成果物の有無で大きく変わります。
制度の限界と、過度な期待をしない視点
研究開発税制は、研究開発をする企業に広く使われていますが、適用件数は企業全体から見れば限定的です。また、減税額が大きく出やすいのは、研究開発費の絶対額が大きく、法人税額も大きい企業です。
この構造上、中小企業にとっては「研究開発を始めるきっかけになる魔法の制度」というより、「研究開発をしている会社が、利益が出る局面で取りこぼしなく使う制度」に近い面があります。
中小企業は、制度のために研究開発をするのではなく、研究開発の実態を、制度に当てはめられる状態に整える。この距離感が現実的です。
結論
研究開発税制は、中小企業にも制度上は開かれています。ただし、税額控除である以上、利益が出て法人税が発生している年度でなければ効果が見えにくく、さらに試験研究費の線引きや証拠の整備が壁になりやすいという特徴があります。
一方で、研究テーマの棚卸し、区分ルールの固定、集計の簡易化、成果物の保存という最低限の整え方を行えば、中小企業でも「効く形」に近づけることは可能です。
制度を使うかどうかは、研究開発の規模そのものよりも、利益の見通しと社内の整理の仕組みで決まります。中小企業にとっての現実的な活用は、この条件整理から始まります。
参考
・日本経済新聞 2026年2月19日朝刊「研究開発減税1兆円超え 24年度の『租特』適用」
・財務省 租税特別措置の適用実態調査結果(法人税関係)
・経済産業省 研究開発税制に関する解説資料(制度概要・手続きの考え方)
