令和5年度税制改正で創設された「極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置」は、いわゆる超高所得者に対する追加的な所得税負担を求める制度として導入されました。令和7年分の所得税から適用が始まっており、令和8年度税制改正大綱ではさらに適用範囲の拡大と税率引上げが盛り込まれています。
こうした中、国税庁は本措置の適用がある場合の申告書等の記載例を公表しました。本稿では、制度の概要と今回公表された記載例の実務的ポイント、そして令和9年分から予定されている改正の影響について整理します。
制度の概要 ― なぜ創設されたのか
本措置は、一定水準を超える高額所得者について、実効税率の下限を設定する趣旨の特例です。
株式譲渡所得や上場株式等の配当など、分離課税により税率が相対的に低くなる所得構成の場合、合計所得金額が極めて高額であっても、実効税率が一定水準を下回るケースが生じます。こうした状況を是正するために導入されたのが、本措置です。
令和7年分の所得税から適用されており、一定の「基準所得金額」を超える場合に追加的な税額計算が行われます。
国税庁が公表した記載例のポイント
今回公表されたのは、以下の記載例です。
- 特定の基準所得金額の課税の特例に関する適用判定表兼税額計算書
- 確定申告書第一表
- 確定申告書第二表
- 確定申告書第三表
実務上、特に重要なのは次の2点です。
① 上場株式等の配当等と確定申告不要制度
分離課税の上場株式等の配当等について、本特例の適用がある場合には、確定申告不要制度を利用することができません。
つまり、源泉徴収で完結させることはできず、すべての所得を申告書に記載する必要があります。
これは実務上の影響が大きく、従来は申告不要を選択していた高額配当受領者も、申告義務が生じる可能性があります。
② 確定申告書等作成コーナーが利用できない
本特例の適用がある場合、国税庁の「確定申告書等作成コーナー」は利用できないとされています。
対象者はごく少数であることを前提とした設計と考えられますが、実務上は税理士関与がほぼ前提となる制度設計といえます。今後、対象者が拡大した場合、電子申告環境との整合性が課題になる可能性もあります。
令和9年分からの改正予定
令和8年度税制改正大綱では、次の見直しが盛り込まれています。
- 特別控除額:3億3,000万円 → 1億6,500万円へ引下げ
- 税率:22.5% → 30%へ引上げ
これにより、適用対象者は現行の数百人規模から数千人規模へ拡大すると見込まれています。
制度創設当初は象徴的な位置付けが強い措置でしたが、今後は一定の政策的ウエイトを持つ制度へと変化していく可能性があります。
実務への影響と今後の論点
対象者拡大により、次のような実務論点が浮上します。
- 金融所得の構成管理
- 配当・譲渡所得の申告戦略の見直し
- 家族間での所得分散の検討
- 海外資産との関係整理
また、本措置は「金融所得課税の一体化」議論とも無関係ではありません。今後、総合課税との関係やNISA制度との整合性が政策的論点となる可能性もあります。
超高所得者に限定された制度である一方、税体系全体の方向性を示唆する制度ともいえます。
結論
極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置は、実効税率の下限設定という形で導入された新しい枠組みです。
国税庁による記載例公表は、制度の実務運用が本格化する段階に入ったことを示しています。
令和9年分からは対象者の大幅拡大が予定されており、今後は単なる象徴的措置ではなく、実務に影響を与える制度として定着していく可能性があります。
金融所得課税のあり方を含め、税体系の方向性を読み解くうえでも注目すべき制度といえるでしょう。
参考
税のしるべ「極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の適用がある場合の申告書等の記載例を公表」2026年2月23日
自由民主党「令和8年度税制改正大綱」2025年12月公表
国税庁「特定の基準所得金額の課税の特例に関する資料」2026年公表資料

