1. 給与から「株式報酬」へ ― 広がる新しいインセンティブ
企業が社員に自社株を報酬として与える制度が急速に広がっています。
2025年6月末時点で導入企業は1,224社と過去最多。上場企業の3割超に達しました。
トヨタ自動車、NEC、三井化学など大企業が相次いで導入し、いまや「株式で報いる」仕組みが人材戦略の主流になりつつあります。
背景にあるのは、2023年に東京証券取引所が示した「資本コストや株価を意識した経営」要請。
企業が株主価値を意識するだけでなく、従業員にも経営参加の意識を持たせるという発想です。
2. 株式報酬の代表的なしくみ
企業が従業員に株式を与える方法には、主に次のようなパターンがあります。
| 区分 | 内容 | 税務上の特徴 |
|---|---|---|
| ①譲渡制限付株式(RS:Restricted Stock) | 一定期間売却できない株式を給付 | 受け取った時点で給与課税(所得税・住民税) |
| ②株式給付信託(J-ESOP) | 信託を通じて将来の業績等に応じて株式を給付 | 受け取り時に給与課税、配当は受取時課税 |
| ③ストックオプション(SO) | 一定価格で株を買える権利を付与 | 「税制適格」なら行使時は課税されず、売却時に譲渡課税 |
従業員にとっては、現金報酬よりも資産性が高く、税制面でも有利なケースがあります。
たとえば「税制適格ストックオプション」の場合、行使時点で課税されず、売却時に譲渡所得(20.315%)として課税されます。給与所得(最大55%)に比べると、税負担は軽くなります。
3. 税制上の留意点 ― 「給与」か「資産」かで大きく変わる
株式報酬で最も注意すべきは、課税のタイミングと区分です。
- 給付時点で株価が確定している場合 → 給与所得扱い
- 将来の業績などに応じて付与される場合 → 受取時に課税
- ストックオプション行使後に株価が上昇して売却した場合 → 譲渡所得
また、売却時に得た利益が「給与」と「譲渡益」にまたがる場合、二重課税にならないよう取得価額の把握が重要です。
企業側も、源泉徴収や社会保険料算定などで慎重な対応が求められます。
4. 会社法改正の動き ― 「無償交付」が焦点に
現在、会社法上で自社株の無償交付が認められているのは役員向けに限られています。
従業員に株式を無償で与える場合は、一度「金銭債権」を支給し、それを現物出資するという煩雑な手続きが必要です。
この点について、法制審議会では「従業員にも無償交付を認める」方向で議論が進んでいます。
実現すれば、
- 信託や現物出資を介さず、シンプルに株式を給付できる
- 制度導入コストが下がり、中堅企業でも導入しやすくなる
といった効果が期待されます。
制度が整えば、企業規模を問わず“社員株主制度”が一般化する可能性もあります。
5. 「金庫株」と「消却」の関係 ― 株式の“出口戦略”も変わる
一方で、自社株を買い戻した後に抱え込む「金庫株」も増加しています。
報酬など具体的な使い道がないまま保有すると、市場では再放出による希薄化を懸念されやすく、株価にマイナス要因となります。
そのため、近年は「自社株買い+消却」というセットが主流に。
2025年1~9月には397件(前年同期比24%増)と過去最多を記録しました。
丸井グループやENEOSのように、大規模消却を行う企業が増えています。
自社株を活用した報酬制度と、使わなかった株の消却――。
この両輪が、企業の資本効率を高める「株式政策」の中核になりつつあります。
6. 欧米に学ぶ「従業員株主」文化
欧米ではすでに、従業員が株主として企業経営に関与する文化が定着しています。
米国主要企業の74%、英国では79%が従業員向け株式報酬制度を導入済み。
単なる報酬ではなく、人的資本投資(Human Capital Investment)の一環として位置づけられています。
日本でも法改正と税制整備が進めば、
- 従業員の長期的な資産形成支援
- 経営と従業員の一体感醸成
- 資本コスト改革の加速
という三位一体の効果が期待できます。
7. おわりに ― 税務・法務の専門家に求められる視点
株式報酬制度の拡大は、企業の税務・会計・法務が交差する領域です。
税理士やFPにとっても、
- 「課税区分とタイミングの整理」
- 「会社法上の手続・決議の確認」
- 「人材戦略・人的資本開示との関係」
といった視点での助言が欠かせなくなります。
「給与から株式へ」。
この変化は、企業のガバナンス改革だけでなく、働く人の資産形成と税務戦略にも新しい時代を告げています。
📘 出典・参考
- 日本経済新聞「社員に自社株報酬 広がる」(2025年10月24日 朝刊)
- 日本経済新聞「自社株、消却も積極的」(2025年10月24日 朝刊)
- 法制審議会 会社法部会 議事録(令和6年・令和7年)
- 国税庁「ストックオプション課税の取扱い」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
